vol.030 鎌倉 幸子

社団法人シャンティ国際ボランティア会国内事業課課長  URL:http://www.sva.or.jp/

青森県弘前市生まれ。
弘前中央高校卒業後、アメリカ合衆国ウエストヴァージニア州セーラムインターナショナル大学で青少年福祉学を学ぶ。
米国で大学職員を1年経験後、ヴァーモント州のSchool for International Trainingで異文化経営学の修士号取得。大学院在学中、インターンとして社団法人シャンティ国際ボランティア会のカンボジア事務所で1年間の研修を終了。
1999年3月、社団法人シャンティ国際ボランティア会入職。同年4月より、カンボジア王国へ赴任し、図書館事業を担当。カンボジアで図書館員研修会、民話収集、絵本・紙芝居出版、配布に携わった。
2007年3月に離任し、同会東京事務所海外事業課カンボジア担当。
2008年4月から現職。

こんにちは!テトルの熊坂 惟です!! 
今号はシャンティ国際ボランティア会、鎌倉さんへのインタビュー(第二号)をお送りします。

                             

「戦争を知らない日本人のあなたにこんな話をするんじゃなかった」

 
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高校生になって進路決めのときに急に中学のJRCを思い出して福祉の大学に入学。
だけど福祉を勉強している間もJRCで見たアフリカの子どもの写真が忘れられず、国内のことも大事だけど海外協力にも目を向けたいと思い、卒業後、一年間大学の事務員をした後、アメリカの大学院で国際協力の勉強をしました。
だけど国際協力を勉強すればするほど、何ができるのか分からなくなるんです。結局私は何のために勉強しているんだっけと考えてしまいました。

そういう時期に、カンボジア人留学生の友人と図書館で一緒に勉強していたとき「実はぼくには秘密がある」と彼が。
「言ってみなよ、友達じゃん!」と返すと、こんな話を聞かされました。

実はぼくは孤児で、両親が目の前で連れて行かれ、追っていこうとしたら、近所のおばさんに「一緒に行くと処刑される。」と口を押さえられて止められた、ひたすら親が連れて行かれるのを見るしかなかったと。
しばらくして難民キャンプの孤児院で学校に通い始めた。「いつ祖国に帰れるかわからない、帰っても仕事に就けなければどうにもならない」と危機感を抱いて「自分が生きるためには教育を受けるしかない」と英語塾を窓の外から覗いてひたすら覚えるなどがむしゃらに頑張った。
93年にカンボジア第1回総選挙でキャンプが閉鎖になり帰国すると、英語力のおかげで国連の選挙管理の仕事に就けそれがキャリアとなりその後の仕事にもつながり、稼いだお金で院に来た―

返す言葉が見つからず、しーんとしてしまい、別れました。
そして次の日、 「戦争を知らない日本人のあなたにこんな話をするんじゃなかった」 というメールが来て、私たちは気まずい雰囲気になってしまいました。
この辛さから逃げることはできるけど、ここで逃げてしまったら福祉や国際協力の仕事はしないほうがいいと思い、まずは彼の来たカンボジアという国の歴史を知ろうと調べ始めたんです。
ところがある日久々に彼に声をかけられ、カンボジアに帰ると告げられました。
母国にいる息子がデング熱にかかり、勉強を続けていたら病院にいくお金がなくなってしまうと。
教育で身を立てると誓った彼は勉強を続けられない。私とこの人の思いにはもっと差があるのに―。

それで「カンボジアだ!」と。
「今度はカンボジアで会おう」といって別れました。
そしてその後、連絡が着くようになり「どこかの団体を紹介してほしい」とお願いしたら、SVAを紹介してくれたんです。彼は難民キャンプに住んでいたとき、SVAの図書館で本を読んで勉強していたんです。
それがきっかけでSVAの職員となりました。

Word of power

●結局私は何のために勉強しているんだっけ
●ここで逃げてしまったら福祉や国際協力の仕事はしないほうがいい
●「今度はカンボジアで会おう」

SVA鎌倉さんへのインタビュー(第二回)は以上になります。
次回もお楽しみに!

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