vol.033 瀧澤 尚子
NPO法人「昭和の記憶」代表理事・事務局長 URL:http://home.memory-of-showa.jp/
昭和56(1981)年、神奈川県横浜市生まれ。
早稲田大学第一文学部(教育学専修)卒業。大学時代は、劇団に所属し、演劇活動を行う。また、高齢者・障害者ケアのボランティア活動、国際協力NGOでのインターン活動を行う。
ホームヘルパー2級、ビジネス著作権検定初級取得。
2006年NPO「昭和の記憶」参画、2008年より代表理事・事務局長就任。
こんにちは!テトル(インターン)の熊坂 惟です!!
今号はNPO法人「昭和の記憶」瀧澤さんへのインタビュー(第二号)をお送りいたします。
私、実は人前で話すことがとても苦手でした。
それは実際に代表理事を務めるようになってから痛感したカベでもありました。
とはいうものの代表なのでやらなくてはならないと。
二週間という期限を決めて、とにかく人と会って話そうということで、五十人と会って話す練習をしたこともあります。
最後のほうではアポイントを取ろうにも相手を探すことが大変になりました(笑)
それまで感情を表に出して話す方ではなかったのですが、
リーダーたるもの熱く物事を語れなければいけないと意識もしました。
リーダーに大切なのは運営、経営力というのもそうですが、何よりも行動力と物事を推し進める力だと感じています。
高齢者の方に限らず、人と向き合ってお話を聴いていると、その方のことをもっと知りたくなってくるんです。
「何でこの人はこういう考えをするようになったのだろうか?」とか気になってしまって。
また、聴いている言葉の端々に自分に刺さるものがあるとそれだけで楽しくなってしまうんです。
その瞬間、瞬間に大きな刺激を感じています。
それぞれの人生、価値観に触れることが出来るのはやっぱり楽しいです。
相手と仲良くもなれますし。
それがあるから止められません。

私は大学時代、障害者ケア・高齢者ケアのボランティア活動をしていました。当時はそのまま団体で働くつもりで、就職活動もしていませんでした。
卒業まで三ヶ月を切ったころにやっぱり一度社会に出て働こうと思い、募集をしていた人材コーディネートの会社に就職しました。そこでは一年弱働き、新卒なのにいきなり四十歳くらいの方の面接官や、営業の仕事もしました。すべて学べたと思ったので、次は好きなことを仕事にしたいと思いまして、花屋さん関係の仕事に就きました。そこでは販路構築、拡大といったマーケティングに携わりました。本当はお花に触れることが好きだったのですが、実際に触れていたのはパソコンでした。(笑)
そこでも一年弱勤めて辞め、2006年にNPO昭和の記憶に参画し、昨年から代表を務めています。
そもそも介護の問題、在宅介護の問題に関心を持ったことには私の実体験があります。
私はもともとおばあちゃん子でした。部屋もカベ一枚挟んで隣で。
高校三年生のころ、夜中に受験勉強をしていると物音がするので部屋を出てみると、おばあちゃんがトイレに立った途中で動けなくなってしまっていました。前から抱きかかえたのですが、涙が止まりませんでした。
そのころから介護の問題に関心を持ち始めていて、今の介護はおじいちゃんおばあちゃんを雑に扱っているのではということを思っていました。
高齢者の方たちは人生の大先輩でもあるし、自分たちの国をここまで良くしてくれたのも高齢者の方たちのおかげなのにもかかわらず。
大学入学後、ヘルパーの資格も取り、活動を始めるわけですが、在宅介護の現状を見て衝撃を受けたのと同時にこんな状況でいいのものか?という気持ちが芽生えました。
「こんにちは」とお家にお邪魔するのですが、雨戸を閉め切った真っ暗な部屋で一人佇んでいるんです。そういった光景を目の当たりにして、身体面の介護というよりも、この方たちは本当に一日一日を楽しんで生きているのだろうか?という疑問を抱くと同時に、精神面でも充実して生活できるようにサポートしていきたいと強く思いました。
それが活動に携わる根底の部分にあります。
●何よりも行動力と物事を推し進める力
●その方のことをもっと知りたくなってくる
●精神面でも充実して生活できるようにサポートしていきたい
「昭和の記憶」瀧澤さんへのインタビュー(第二回)は以上になります。
次回もお楽しみに!
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Wrote 2009.01.13 << 前のインタービュー | 次のインタービュー >>