vol.105 鈴木 光一
ジャパン・プラットフォーム事務局長 URL:http://www.japanplatform.org/
1949年東京都出身。
早稲田大学政経学部卒業後、三井物産㈱に入社。
非鉄金属部門を担当し、イギリス、メキシコに駐在。99年に同社退社。
2003年4月に三重県立宇治山田商業高校の校長に就任。
この間、国際化教育にも積極的に取り組み、
文部科学省の「スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール(SELHi)」の指定も受けた。
08年3月に退任後、JPF事務局長の公募に応じ、同年10月より現職。
こんにちは!テトル(インターン)熊坂 惟です!!
今号は、前号に引き続きジャパン・プラットフォーム事務局長・鈴木 光一さんへのインタビュー(最終号)です。
最終号となる今号では、三井物産から民間の校長を経て現職にいたるという、大変興味深い鈴木さまのこれまでの歩みにフォーカスいたします。
それではお楽しみください!
昔から海外、国際協力などには関心を持っていましたか?
持っていました。高校時代から山登りをやっていました。山というと、アンデス、ヒマラヤなど、どちらかというと途上国に近い世界なので、根っこをたどるとそれが一要因としてあるかもしれませんね。
大学卒業後は商社で働いていたそうですね?
そうです。三井物産に入りました。商社時代は、仕事で開発途上国に関わっています。
私は、非鉄金属本部で銅を担当していました。三井物産が多額の開発資金を融資していたザンビア、ザイールが、入社して最初に私が担当した国でした。他には、ペルー、チリ、パプアニューギニアなども担当しました。入社時の面接では、途上国の資源開発を希望しましたので、希望通りの配属だったと思います。
当時の仕事というと、三井物産は、ザンビアに1ドル約360円の時代から1回で2千万ドルくらいの融資を繰り返し行っていました。その資金で開発した銅山の銅を日本に輸入するというビジネスでした。
なるほど。やりがいを感じていましたか?
日本にない資源を確保するという意味では意義のある仕事をしていたと思います。ただ、途上国の開発ということでは、企業の経済ベースの投融資も、貢献しているわけですが、その国の社会発展という点では限界があります。資源開発のために投資されたお金というのが、実際にその国の富になって定着するかというと疑問です。私が35年前に仕事で関わったザンビア、ザイールの現在を考えると、
商社が注ぎこんだ資金による資源開発が、それらの国の社会資本の蓄積になっているかというと、なっているように思えません。
そういった疑問もNGOに興味を持つきっかけにありましたか?
そうですね。商社で途上国の仕事をしてきた人たちは、私と同じような思いを持っている人が少なくないのではないでしょいうか。企業の投資は、お互いに利益になる仕組みを作っていくわけですから、途上国にとって決して悪いものではありません。むしろ、必要とするものですが、それだけでは途上国の社会は変わっていかないのですね。
それで商社からNGOの世界へ転身したのですか?
商社を退職してから、直近の5年間は三重県の宇治山田商業高校で民間人校長をやっていました。高校では、いくつもの記憶に残る経験をさせてもらいました。甲子園に3回行き、プロ野球選手も2人出ましたし。他にも、野口みづき選手の母校だったので、アテネ・オリンピックのときは、みんなで地元の競技場の大型スクリーンで真夜中応援しましたね。おかげさまで、とても良い時間を過ごさせてもらいました。
なぜまた校長先生になろうと?
企業利益を追求する世界でずっと働いてきて50歳を過ぎた時、もうそろそろ利益から離れた世界でやってみたいなと思いました。これ以上いても出世できないなと思ったということもありますけどね。(笑)
もう1つきっかけとなったのは、私の親しい友人で、高校の教員をやっていた男がいました。彼は神奈川県の、いわゆる底辺校で働いていました。その彼からはずっと「いま学校はひどくなっているぞ」と聞かされていました。だからこそ逆に、「そうであれば、やってみようかな」と思ってしまいました。
なるほど。逆にワクワクしてしまったんですね?
それで、本当の話ですがインターネットで「民間人校長」と入れて検索してみました。そしたら公立高校の校長の募集が出てきたんです。それで、小論文を提出し、面接を受け、話がとんとん拍子に決まっていきました。それが宇治山田商業高校でした。(笑)
企業とのギャップに戸惑いませんでしたか?
私は基本が民間企業なので、学校にいても自分はずっと助っ人だと思ってきました。
そりゃ、先生にはかないませんよ。彼らはずっとその世界でやってきたわけで、子供への思い入れも私なんかより、ずっと強いですし。生徒との間合いのとり方一つにしても、それは簡単に学び取れるものではありません。
ですから、私は、あくまでも民間出身の人間として、目標設定やプロジェクトの推進に注力してきました。文部科学省から英語のスーパースクールの指定を受けて先進的な英語教育プログラムの開発を手がけたり、河合塾のサテライト教室を引っ張ってきて、生徒が自由にパソコン教室で勉強できるようにして生徒の小論文受験をサポートしたり、いろいろと面白い取組みをやらせてもらいました。先生方も、本当に一生懸命やってくれました。おかげさまで、先ほどのスポーツの話題だけではなく、学業面でも、難しいといわれていた商業高校から国公立大学や難関私大への進学を実現するなど、良い結果を出すことができました。
すごいですね!なぜNGOで働こうと?
学校の先生もある意味、人を支援する仕事ですよね。例えばクラブ活動にしても、野球部の監督なんて1年でまともに休むのがせいぜい5日ぐらいですよ。土曜日、日曜日を丸々潰しても、時間外勤務手当てはつきませんし。学校の教員というのも、ボランティア精神がなくては務まらないですよ。
ただ、やっぱり自分の教えた生徒が何かを達成して喜ぶ姿を見るのが楽しいのですね。
そういう学校での経験に、もとからの商社での経験を足して、次は国際支援をやりたいと思うようになりました。そこにたまたま縁があったのがJPFだというわけです。
事務局長として、今後の改善点は何かございますか?
われわれの運営を支援してくれる企業を増やすということですね。財政的に安定した運営基盤がなければ、本来果たすべきミッションも果たせませんので。
社会の中での役割
「思いを持った人たちの役に立つこと」ですね。学校にいた時も、思いを持った教員たちがその思いを実現できるようにと働いてきました。
人道支援の世界でも同じことだと思います。NGOでがんばるスタッフの方達が、その思いを実現できるようにするのが私の役目ですね。私にできることはビジネスの世界で学んだことを活かすことで、思いを持った人たちが働きやすい場をつくることです。
●学校での経験に、もとからの商社での経験を足して、次は国際支援をやりたいと
●NGOでがんばるスタッフの方達が、その思いを実現できるようにするのが私の役目
●私にできることはビジネスの世界で学んだことを活かすこと
今号で、三号に渡りお送りいたしました、ジャパン・プラットフォーム事務局長鈴木 光一さんへのインタビューは以上になります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!いかがでしたか?
鈴木さんは初めからNGOの世界に飛び込んだのではなく、商社、校長という貴重な経験を経てその世界に入りました。それがあったこそできることもあるのだなと、切に感じました。次回もお楽しみに!!
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Wrote 2009.04.27 << 前のインタービュー | 次のインタービュー >>