vol.043 大和田順子 / Owada Junko
LBA ロハス ビジネス アライアンス共同代表 URL:http://www.owadajunko.com/
2006年4月
東急総合研究所、ザ・ボディショップ、イースクエア等を経て独立
2002年9月
「日経新聞」等にて日本ではじめてロハスを紹介。サステナブルな社会の実現を願い、講演・執筆、コンサルティング活動を通じてロハスの普及に情熱を注いでいる。
2007年11月
エコジャパンカップ2007にて LBAは「環境ビジネスウイメン賞」を受賞。小池百合子元環境大臣が立ち上げた 「環境ビジネスウイメン」3期メンバーとして環境大臣との懇談会に参加。著作 :『日本をロハスに変える30の方法』(共著、講談社)
2006年1月
小中学校の先生向け解説本『ロハスの教科書-持続可能な社会をめざす生き方』(編著、明治図書)
2007年4月
『ロハスビジネス』(共著、朝日新書) 2008年2月13日出版 資格:消費生活アドバイザー、環境カウンセラー
詳しくは↓
【LOHAS&サステナブルスタイル】
http://www.owadajunko.com/
【LBA ロハス ビジネス アライアンス】
http://www.lohas-ba.org/
こんにちは!! テトルの本村拓人です! ! 今号よりLBA(ロハスビジネスアライアンス)共同代表の大和田順子氏へのインタビューをお送りします。 ロハスの第一人者 大和田順子氏。彼女はいかにしてロハスに関わっていくようになったのか?大和田さんがロハスに関わるようになるまでの足跡からまずは伺った。
大和田さんのこれまでの経歴から教えてください
東急総研、ボディショップ、イースクエアの後、上場を目標とする美容系の会社に移りました。ずっと会社員として仕事をしてきたので、マーケティングの責任者として上場を体験してみたいと思ったのです。それまでの会社とは180度違い、社会性より何より、まず売上。
ほとんどの会社がそうだとおもいますが。私もインターネット広告を使うなどいかに安いコストで集客できるか、既存顧客から継続的に売り上げを上げるか、そういったことに4年弱専念していました。そのようなときも、毎年夏には別荘のある八丈島に行くのですが、そこの本棚には、弟の本が置いてありました。
それはどんな本だったんですか?
投資とスピリチュアル系の2種類なんですが、2002年の夏休み、今から3年前ですが、滞在したとき、「アルケミスト」という本が目に留まりました。アルケミストというのは錬金術師です。羊飼いの少年が、自分の夢を探して旅に出る話で、たくさんの難関を乗り越えて、ついに最後に自分の家の裏庭に宝物が埋まっていることを発見したという話です。
その年は、島に着いた日からその本が気になっていました。少年少女向けの小説でしたが、帰る前日にどうしても気になって手に取りました。そして一気に読み終えたとき、「夢は、宝は自分の裏庭に埋まっている。私に取って宝って何だろう?」と問いかけた時、「ああ、それはLOHAS(ロハス)」だったと。
その年(2005)年はロハスがブームになっていました。私がロハスを紹介する記事を日経新聞に書いたのが2002年の9月。その後の4年間は積極的にロハスを広める活動には携わってはいませんでした。でも、思えば東急総研にいた90年頃からずっと"環境問題と消費生活""企業のCSR活動"などを十数年間かかわってきたなと。自分の中でつながってくるわけです。自分はこれをやっていこう!と。大事にしようと改めて思ったのです。それが転機でした。
そもそも社会問題や環境問題への意識はいつから芽生えたのでしょうか?
私の原点は四谷にある女子学院という中高一貫の女子高出身なんです。先輩には吉行和子さんとか、今井通子さんなどがいらっしゃいます。プロテスタントでしたけど、すごくリベラルな学校でした。校則は3つあって、学校に来たら上履きを履く、学校に来る時は校章をつける、登校したら外出しない。週休2日で、私服でした。
音楽の時間は、沖縄の歌とか、ロシア民謡などを唄ったり、夏休みにボランティアに行ったり、今思えばユニークな教育でした。クラブは教育研究会とか、地質研究会に入っていました。渋いでしょう(笑)人格形成期に「男女である前に、一人の人間として自立せよ」と常に言われていました。高校の時、生徒会の議長をやっていたことも、けっこう原点かもしれません。
当時としては新しい考え方ですよね
大学は推薦枠で学習院に行きましたが、あまりのギャップに4年間辛かったですね(笑) とはいえ、就職活動に際しては、女子学院魂で、自分は一生仕事をする!と思っていて、学習院の先輩が、東急百貨店の人事にいて、ちょうど大卒一期生の女性を採るというので、説明会に行って、百貨店だと女性向の商品も沢山あるし、仕事を長く続けられそうと思って、すんなり入社が決まったんです。
均等法前だと思うのですが、仕事内容や待遇に男女差は無かったんですか!?
それが、あったんですよ。2年目から差がついてびっくり!1982年のことでしたから、男女雇用機会均等法の施行前で、「男の仕事」、「女の仕事」というのが明確にあって、例えば売り場では、販売は女性、仕入れや商品計画は男性って感じでしたね。それで、人事に抗議したんです。「うるさいヤツ」を採用してしまったと思われたと思いますけどね。 最初に配属されたのが、本社で企画系の部署にいて、3年半くらい経ったら突然異動で東横店の紳士セーター売場とか言われて・・・。
25歳にして売場ですか!?
百貨店で現場は、売り場ですからね。本来であれば、最初の配属で売場に全員行かせた方がよいわけで。それが最初から本社に行ってしまったから三年経って売場とか言われて、かなり慣れるのに時間がかかりました ほとんど毎日、日中はセータを販売しているか、レジを担当するか、催事(バーゲン)の準備をし、夜は渋谷で飲んでいました。
社会問題とは縁もなく、享楽的な日々を送っていましたね(笑) 1年半ほど経った頃、今度は総研に異動と言われてまたびっくり。だって、販売員から、急に研究員ですよ!東急電鉄がグループ各社から社員を派遣して研究所を作るというので、百貨店からも2名出向したのです。1987年のことでした。
●"私に取って宝って何だろう?」と問いかけた時、
「ああ、それはLOHAS(ロハス)」だったと"
●自分の中でつながってくるわけです
●自分は一生仕事をする!と思っていた
大和田氏のインタビュー(一号)は以上になります。
次号も引き続きLBA-ロハス・ビジネス・アライアンス-共同代表 大和田 順子氏のインタビューをお楽しみ下さい。
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Wrote 2011.03.03 << 前のインタービュー | 次のインタービュー >>