vol.058 岩切準 / Iwakiri Jun

特定非営利活動法人 夢職人代表理事  URL:http://yumeshokunin.org/

1982年
東京生まれ、下町の江東区育ち。東洋大学大学院社会学研究科社会心理学専攻修士課程修了。NEC社会起業塾第6期(2007年度)修了。江東区立第五大島小学校評議員。人情に溢れる東京の下町に育ち、高校時代は地域の子ども会活動をサポートする「ジュニアリーダー」に従事。
2004年
大学時代に教育、福祉、心理に関する様々なNPO団体で活動経験を積み、大学在籍中に「夢職人」を設立。
2008年
法人化し、「特定非営利活動法人夢職人」の代表理事に就任。現在に至る。

こんにちは!テトルの本村拓人です!! 今号から3回にわたって NPO法人夢職人代表理事岩切準さんにご登場いただきます。 下町の雰囲気が色濃く残る東京都江東区。 豊洲など近年は新住民も増加しつつあります。 新旧が同居する地域社会の中で、子どもを育てるさまざまな活動を4年にわたって推進してきた岩切さん。今の組織のベースにあるのは、ご自身が育てられてきた環境にあると強調します。 地域の人と人のつながりを大切にしながら、さまざまな活動に取り組んできた岩切さん。子どもたちとの現場での関わりを通して大人が学べることとは? 組織を運営してきて見えてきた子どもたち大人たちの姿とは? このメルマガで、余すところなく語りつくしていただきます。 まずはNPOを立ち上げるまでの経緯を伺いました。

悪ガキが地域にNPOで恩返しをするまで

岩切さんがNPOを立ち上げられるまでの経緯を教えてください。

私自身の幼少期の部分に大きく関係していると思います。私の育った江東区は東京の下町です。地域と深い関係にあり、私は、親だけでなく、たくさんの地域の大人によく面倒をみてもらい育ちました。 他の人からは「信じられない!」とよく言われるのですが、土日になれば地域のおじさんが家にやってきて、「釣りにいくぞ!」とか、「山に登りに行くぞ!」と、そういう体験を日常的に経験しました。今思えば、このような家でも学校でもない学びの場をいわゆる地域の人間がごく自然に担っていました。

今ではなかなか難しくなってしまったことですが、親や先生など、子ども自身にとって、直接利害関係がない大人との関わりを非常に築きやすい地域でもありました。そういう人たちとの関わり合いが小学生時代にとても多かったのです。それが今のとても大きな糧になっています。

親や先生は、子どもにとって重要な利害関係者です。だからこそ、相談しにくいのです。どう思われてしまうかわからないから切り出しにくい。相談をして、大目玉をくらったり、内申書を下げられたらたまりませんからね。また、友達も同世代だからこそ学校で困ったことや、悩みだとかが、なかなか話せません。

地域のおじさんや兄ちゃんにどこかに連れていってもらった時は、そんな話し難いことも気軽に話すことができました。時に叱られることもあったけど、やっぱり親だとか先生ではない大人に励ましの言葉をかけてもらった嬉しさっていうのはとても大きかった。そこでいわゆる地域に育てられるような経験をずっとしてきました。

中学時代は、"いたずら小僧"からいわゆる"悪ガキ"に育ちまして、反骨精神に溢れる楽しい日々を過ごしました(笑)。高校に入った頃、ある時、小学校時代に仲の良かった友人から地域の子どもたちとあそぶボランティアに誘われました。

当時は、"悪ガキ"の延長線上で生きていたので、ボランティアには、全く興味関心ゼロでした。でも、せっかくの友人の誘いだと思って、参加をしてみるとこれが本当に楽しかったし、やりがいを感じました。

当時は、かなりの大人嫌いだったのですが、子どもたちとの関わり合いはとても新鮮でした。今の原型になるようなレクリエーション、キャンプなどの経験をたびたびするようになりました。 その中で、子どもたちが抱えている悩みや、同世代が抱えている悩みをよく聞いていました。様々な境遇の違いがあるものの、どこか共通点があるようにも感じました。

これは個人の問題なのか?それとも社会の仕組みの問題なのか?そんなことばっかり考えていました。私の通っていた学校は、あまり進学校ではなく、半分就職、半分進学の学校だったので、高校時代に子ども関係のことをやりたいだとか、そういう想いは多少あったのですが、「大学!大学!」というのはなくて、オフィスなどの内装工をしばらくやっていました。オフィスは基本的に昼間の工事ができないので、私たちは"スーツ"と呼んでいましたが、昼間にオフィスからホワイトカラーがいなくなった後に、ブルーワーカーの私たちが入っていって工事する。そこで虐げられるようなことを言われた経験もたくさんしました。資材を運ぼうとすると"スーツ"に「おまえら汚いんだからエレベーターは使うな!」と言われ、何10kgもある資材を背負って、何十回も階段を往復したこともありました。

現場の親方の影響か、やっぱり人生の中で、働くということは、想いをやりとげることだという意識がすごくありました。仕事をしていく中で、自分の想いがやっぱり子どもや青少年の支援に関することだということがよりはっきりとしてきました。

心の側面から子どもたちを支えたいという想いがこの時、芽生えはじめました。そうは言っても、本当に勉強が嫌いで頭が悪かったので大学に入るのは大変でした。昼間予備校、夜は内装の仕事、そんな生活をしばらく送っていました。

手探りで始めた子どもの育成支援

現在の活動を始める前に、高校時代にすでに子どもたちと色々関わりを持つ経験はしていたので、他のNPOはどんなことをしているのか知りたいと思い、ちょくちょく他のNPOさんや児童養護施設にボランティアに行ったりして、本当に「体当たり」で活動に参加しました。

それをずっと続けていく中で、ある友人からの誘いで、「今、臨床心理っていうカウンセラーの世界があって、そういう世界の人たちと話す機会があるから、ちょっとボランティアに来てみないか?」という話があって、病院に行ってみるとこれがひどくて、まるで野戦病院!次から次へと人が駆け込んでくるのです。

「これではカウンセラーの人も、おかしくなっちゃうだろう...」と思いました。このような状況を目の当たりにし、先生方と話をしていると、確かに、それは対処療法的な手段でしかなくて、結局、根元を断たなければずっと繰り返されることがわかりました。

そのような経験などを踏まえた時に「自分に何ができるのかな?」「自分はどうしていくべきか?」ということを考えました。そういえば、自分が幼少期に地域の人たちとの関わり合いや、色々な体験を積んだことがとても大きな経験だったな!と。 その時、幼少期に地域のおじさんや兄ちゃんに言われた言葉が自分の背中を押しました。

どこかに地域の人に連れて行ってもらったりすると、手みやげを持って必ず親と一緒に御礼に行きます。「きょうはありがとうございました」と。そうすると必ず言われるのが、御礼の品を持って行っても、「そんなものはいらん!俺はそんなもののためにやっているわけじゃない」と言われました。

「お前が大きくなったときに、自分の後輩や子どものために、同じことをしなさい」と違う大人が口をそろえて同じことを言うわけです。当時の幼少期の自分には、よく意味がわかりませんでした。ですが自分が大人になった今、行動をしなければならないと心に強く思いました。

とはいえ、20歳そこそこの自分にできることがわかりませんでした。そんな想いに悶々としていたある日、子どもの教育に対して非常に熱心なシングルマザーの看護師さんに出会いました。その方は、病院の勤務が非常に不規則で、子どもたちが休みの土日も出勤することが多く、子どもたちが小さなうちに何か体験をさせたり、色々なところ連れて行ってあげたいと思うのだけれど、それがなかなかできないと話されていました。

そういう人が世の中にいることを初めてその時、知りました。「それ位ならのことならできるので、ちょっと遠足にでも連れて行きますよ!」と私の行動がはじまりました。

例えば2~3人の子どもを、土手に連れて行ってあそびました。そうすると子どもはもちろん、親御さんにも喜んでもらえ、本当に嬉かった。そのうちシングルマザーの家庭じゃなきゃいけないのかとか、「うちの子もどうかしら?」とか色々な声がかかりました。

例えば、足の不自由な親御さんがいる。だけど子どもは走りまわりたいと思っていて、その気持ちをなかなか叶えてあげられなかったりしている現状にもぶち当たりました。段々と色々なニーズを肌で感じるようになりました。活動は、本当に個人戦だったので、組織なんて毛頭考えてなくて、私自身がものすごく現場好き人間なので、何か経営をしたりとかそういうのは考えたこともありませんでした。ただこういう活動を続け、発展させていかなければという使命感がありました。

"人の役に立つ"という事とはまた別に、こういう活動は「今やらないと、これは大変なことになる!」という危機感もありました。例えば、今、地域の公園で子どもたちが集まって、私が「どこかで遊ぼうぜ」と声をかけたら、すぐに警察沙汰です。

頭おかしい人だと思われちゃうわけです。やっぱり昔と今では、社会的な情勢が全く違います。メディアなどで子どもが被害者となる事件が毎日のように取り上げられ、誰しもが疑心暗鬼になっています。

「地域での人間関係は大切だ!」という一方で、「知らない大人には気をつけろ!」という矛盾したメッセージの中で子どもたちは生きています。それはよくないというのは簡単ですが、じゃあどうすれば解決できるのかということを真剣に考えていかなければなりません。

そこで、自分自身が高校時代一緒に活動していたメンバーが三人ほど集まって、どうしたらこういう活動をもっとやっていけるのかを考えました。自分がたくさんの支援組織を見てきていたので、組織の課題というのもなんとなく予測できました。

多くの草の根の活動では、いわゆる経営でいうPDCAみたいのが一切回っておらず、やりっぱなしの現実があります。それでは効果的ではないし、発展的でもないので、その辺の問題意識も踏まえてやっていこうと、立ち上げました。2004年1月に一念発起をして組織化に取り組むようになりました。

一歩一歩からはじめたニーズのくみ上げ

2004年の前から本当に足でニーズ調査をしていたのですね?

調査という感じではありませんでした。やっぱり「体当たり」です(笑)。不思議だなと思うのは、それこそ導かれているような感じがあるのです。1つの扉を開くと、次に3枚の扉が出てくる。その扉をまた開くとどんどん道が続いているそんな気がしました。「体当たり」で得ることの方が、自分はとても面白いと思うし、本当にリアルな声に出会えたと思います。

経営者としては、ダメなのですが、何か長期的なプランが初めからあったというよりは、目の前の子どもたちやそれに関わる大人にとって、良い変化を生み出すためにどうしたら良いかということをひたすら追い求めてきたところがあります。

岩切さんご自身、性格的にやりっ放しがすごく嫌い!で、PDCAサイクルをしっかりまわして、きちんと効果が出るまでやり抜きたいという姿勢はどこから来るのでしょうか?

私は「良いことをしたい」という気持ちではなく、目の前の子どもたち、それに関わる大人、大きくは社会により良い変化を起こしていきたいという気持ちでやっています。だから、実際の成果を意識し、どうしたらもっと良いものになるかプロセスを改善することは、ごく当然のことだと思います。

実は、ボランティアにも悪しき側面があります。そもそも、やっていることが"良いこと"なのです。だから、成果はともかく満足してしまいやすいのです。段々と慣れてくると「無償でこんなにやってやったのに!」という気持ちになり、研鑽をしなくなってしまいます。

子どもたちのために活動するということは、素晴らしいことなのに本当にそれが子どもたちのためになっているのか?を考えてやらないと、ある意味大人の自己満足で終わる可能性が非常に高いと思います。

良いことをより良くするためには、やはりそういうような評価と改善を踏まえながら進めていかないと、良くならないというのは、自分が体験していく中で感じてきました。私自身も、本当に良い仕事ができたのか、常に疑うようにしています。

Word of power

●「今やりたい想い」が大事!
●「地域で育つ」という感覚
●「本当にいい仕事だったか?」と疑う

次回は、岩切さんが組織を運営していく上で心がけていることなどを中心に伺います。
子どもとのかかわりで気をつけていること。スタッフとのかかわりの中で徹底していることなど、目からウロコが落ちるような岩切さんの活動についてお話しいただきます!

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