vol.071 田辺 大
フォレスト・プラクティス代表 URL:http://www.fpltd.jp/
1994年4月
中央大学法学部を卒業後、大手自動車メーカーに就職。
2000年1月
1年間の外資系ケミカルメーカー勤務を経て、外資系コンサルティング会社に就職。
2002年9月
エクアドルのコーヒー農園に訪問するなど、自ら見つめる4ヵ月の旅に出る。
2003年1月
日本初となる社会起業家を対象としたコンサルティング会社、有限会社フォレスト・プラクティスを設立。
2006年6月
盲ろう者や視覚障がい者のマッサージ師が定期的に企業を訪問して施術するオフィスマッサージ「手がたり」の運営を開始
2008年4月
障がい者マッサージ師と企業とを結ぶ、マッチングサービスを職業紹介会社と連携してスタート。
詳しくは↓
【社会起業家入門】
http://fp.cocolog-nifty.com/
こんにちは!テトルの本村拓人です!! 今号から四回にわたって、フォレスト・プラクティスの田辺大(ユタカ)さんにご登場いただきます! 2003年に、社会起業家を対象としたコンサルティング会社をスタートした田辺さんは、言ってみれば、現在各地で活躍する社会起業家たちのお兄さんのような存在。 暖かく、そしてときに厳しい視点で現状を分析して、社会問題をビジネスの手法で解決する社会起業家がさらに活躍できる社会を作るために、日々、奮闘しています。 また、自身でも、盲ろう者や視覚障害者のマッサージ師によるオフィスマッサージ「手がたり」を運営し、社会起業家としても活躍。さまざまな障壁を乗り越えてビジネスを軌道に乗せる手腕には目を見張るものがあります。 しかし、強烈な起業家精神を持った田辺さんも、大学4年生のころまでは、居酒屋でアルバイトをして季節のスポーツを楽しむ普通の大学生でした。 第一回目の配信では、田辺さんが社会貢献の心に目覚めるまでの過程をお伺いします!
社会起業のサポートとオフィスマッサージの実践
それではまず、フォレスト・プラクティスが手がけている事業について、簡単にご説明いただけますか?
二つの事業を展開しています。一つ目が、社会起業家のコンサルティング。社会の課題を、ビジネスの手法で解決しようという社会起業家たちの経営をサポートしています。
もうひとつが、私たち自身が社会起業として行っているオフィスマッサージ事業ですね。こちらは、盲ろう者や視覚障害者のマッサージ師が定期的に企業を訪問して施術を行うサービスです。中小企業の会議室をお貸りし、組み立て式のマッサージベッドを準備して、メンタルヘルス対策として、社員の方にマッサージを受けていただいています。マッサージを行う障害者と、コンダクターと呼ばれる健常者がペアになって業務にあたります。
このふたつの車の両輪になっているのが私たちの概要です。前者で経営の方法論や理論を考えて、後者でリスクを取って実業を起こしているわけです。
ホームページを拝見すると、最近ではヘルスキーパーの導入にも力を入れていらっしゃいますね。
これはオフィスマッサージに含まれるサービスです。企業で働きたいと考える障害者マッサージ師と、彼らを雇用したいと考える企業をマッチングさせるサービスです。
オフィスマッサージで企業を訪問するうちに「お宅のマッサージ師を雇用したい」という声が聞かれるようになり、人材紹介会社と連携して、スタートしました。企業が障害者を雇用したい背景には、障害者雇用促進法の法定雇用率があるのですが、企業は誰を雇っていいのかわかりません。一方、障害者にとっても企業で働くことに不安があります。わたしたちは、その両方の立場や気持ちがわかるので、間に立って、つないでいます。
99.9パーセントの確率で、俺は行かない
それでは、順を追ってお伺いしたいのですが、そもそも田辺さんが社会貢献の意識を持ったのはいつごろだったのでしょうか?
これは、大学4年生のときですね。中央大学に通っていた私は、当時居酒屋でアルバイトをしながら、夏はテニス、冬はスキーを楽しむといった感じでした。それで、4年生のときに就職も決まってしまうと、暇になったんですね。「次はアルバイトいつ入れようかなぁ」みたいなことを考えながら、家でゴロゴロするような日々で。
ごく普通の大学生って感じですね。
そうですね。で、ある日テレビを見ていたら、ニュース番組で奥尻震災(※北海道南西沖地震)の発生が伝えられていました。1993年7月です。被災地の映像を見て、感じるものがありました。でも、まさか自分が現地に赴くことになるとは、そのときは思いませんでしたね。
地震が起きた北海道へは、どのような経緯で行かれたのですか?
中央大学には伝統的に"ボランティアをしよう"みたいなカルチャーがありまして。たとえば、1989年のサンフランシスコ大地震のときにも中央大学の大学生グループが現地に行きました。奥尻震災のときも、"現地に行こう"みたいな張り紙が張ってありまして。それで、友人とふたりでその張り紙を見たんですが、「田辺、お前行くか?」と聞かれて、「俺は99.9パーセント行かない」みたいなことを言ったと思います。
ふとしたきっかけで出向いた被災地に滞在5ヵ月
ところが、残りの0.1パーセントの確率で、現地に行ったわけですね?
そうなんです(笑)。張り紙をよく見てみると、参加者のなかに、一緒に就職活動で企業をまわった友人の名前が載っていたんです。「へえ、あいつ、こんなこともやってるのか」と、冷やかし半分で説明会に行ってみることにしたんですよ。会場の教室に入っていくと、果たして教壇の上で、現地から戻ったNGOのお兄さんが奥尻の窮状について市民運動みたいに熱弁を振るっていました。
わたしは、アルバイトでいくら儲けるかばかり考えている学生だったので、「なんか熱いヤツがしゃべっててご苦労様だなぁ」くらいに思って聞いていたんです。そしたらですね、NGOの方が「じゃあ、みなさんをいまからグループ分けして、スケジュールを割り振りします!」と言いました。予想外の展開です。「聞いてないぞ」と思ったのですが、力技で押し切られてしまったんですね。(笑)しょうがない学生さんですね。気がつくとグループ分けされていて、気がつくと上野発の夜行列車に乗っていて、気がつくとフェリーで奥尻島に到着していました。
田辺青年は、そこで何を見たのですか?
...地獄絵巻ですね。遺体安置所に行ったり、焼け野原を見たりしました。被災したおばちゃんとふたりで、焼け野原に立っていると、おばちゃんが言うんです。「いいかい、よく聞きな。難民にだけは、なるもんじゃないよ」って。そのおばちゃんは、海辺でバーを経営していましたが、一夜にしてすべてを失ったそうです。それで、「みじめなもんだよ」って言うんですね。呆然と立ちつくしながら私は、そのときにはじめて人生のテーマは難民問題ではと考えました。ひょんなことから現地に行くことになったのですが、結局、5ヵ月間も島にとどまることになりました。
●俺は99.9パーセント行かない
●気がつくとフェリーで奥尻島に到着していました
●はじめて人生のテーマについて考えました
奥尻島のボランティアで、「はじめて人生のテーマについて考えた」という田辺さん。心に小さく灯った火は、思わぬ出来事との出会いから、一気に燃え上がります。次号は、フォレスト・プラクティス誕生の物語です。
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Wrote 2009.04.13 << 前のインタービュー | 次のインタービュー >>