vol.083 今村久美 / Kumi Imamura
NPOカタリバ代表理事 URL:http://www.katariba.net/
高校卒業後、慶應大学SFCに進学。高校時代には環境作文コンテストで全国4位に入賞したことも。2001年にSFCを卒業後、リクルートなどでアルバイトをしながらNPOカタリバを同じ大学生の竹野優花さんとともに立ち上げる。06年にNPO法人に。大学生が高校訪問をする「カタリバ事業」では 3500人のボランティアスタッフを抱える。
こんにちは!テトルの本村拓人です!! 全5回の配信でお届けするNPO法人カタリバ代表の今村久美さんインタビュー。今号は第3号です。 SFCで刺激的な人たちに囲まれてキャンパスライフを送ることは、今村さんにとってまぎれもない現実でしたが、ひとたび地元に戻れば、SFCを選択しなかったもうひとつの人生を見ることができました。 ちょっとした機会との出会いが、人生を大きく変えていくことに、今村さんはショックを受けます。自分のやりたいことに気付いて、それを実現する方法論に考えて、行動を起こすことはできるのに......。 今号は、SFCを通じて、今村さんがカタリバを起こすにいたるまでをお送りします。失敗しても立ち上がる今村さんの雑草魂が芽生える瞬間を感じてください。
早い段階で、"失敗体験"が出来てよかった
SFCでは、どのようなキャンパスライフを送ったのですか?
"堂本剛に会うこと"が大きな目的だったので、興味はメディア系にあったんですよ。本当にただのミーハーですよね。当時、私がメディアとして認識していたのは、主にテレビでした。 ところが、SFCでは、インターネットを活用するなどメディアを幅広くとらえていました。作り手になることもできる、ということも学びました。それで、ドキュメンタリーを作るサークルに入ったんです。
どんな作品を作っていたのでしょうか?
"自分の好きなことや、問題を感じることを作品にしよう"という課題が出されたとき、ドラマの『北の国から』をテーマに選びました。 好きだったんですよ、あのドラマ。いま考えると、『北の国から』を取材していったいどうするつもりだったんだろうって感じなんですけど(笑)。
その時は勢いで田中邦衛さんと、プロデューサーの杉田(成道)さん、原作者の倉本(聰)さんに長ーい手紙を書いて許可をいただき、富良野に取材に行きました。 富良野に行ったんですか。すごいパワーですね!
ところが、取材はしたものの形にできなかったんです。失敗した理由は、取材それ自体をゴールにしてしまったからですね。映像はたくさん撮り溜めたのに、どう組み立てたらいいのかまったくわかりませんでした。 ほかの先輩たちはどんどん出来上がっていくのに、私は全然作品になっていかない。この失敗体験には落ち込みました。でもいま思うと、チャレンジをして壁にぶち当たり"できない!"という現実を早い段階で経験できたことはよかったですね。
途方もなく大きなものに、挑戦してほしい
SFCには、そのようにチャレンジする学生がたくさんいたのですか?
そうですね。たとえば社会起業家として注目されているNPOフローレンス代表の駒ちゃん(駒崎弘樹氏)は、後輩にあたりますね。入学してきたときから、彼なんて元気がありましたよね。
でも、彼ってヒドいんですよ、私の友達がやってた映画サークルを「もっとイケてるサークルにしちゃえ!」と、サークルの名前を「映画研究会」から「MOVE」に変えてしまった(笑)。そんなことされたら、私の友達は、行き場がなくなっちゃうじゃないですか。本当に生意気でしたけど、確かに弁は立つんですよね。
"かなわないなぁ"と思うような人はいましたか?
いま、リクルートで働いている私の親友は、子どもからお年寄りまで何万人もの人を三田キャンパスに集めて「世紀送迎会」というイベントを行いました。
「世紀送迎会」とは1900年12月31日、福沢諭吉が開催した20世紀の前夜祭。新しいパラダイムを作ることをアピールする催しでした。その21世紀版をやったんですよ。素直に関心しました、すごいなぁ、って。ほかにも、学生ベンチャーやっているような子もたくさんいましたね。
SFC時代を振り返って感じることは、どのようなことですか?
高校生や大学生だから許される失敗って、少なからずあると思うんです。社会人になって、お金をもらって仕事をするようになると、なかなか失敗ってできなくなります。学生のときって、本番の前のトレーニングの期間だと思うんですよね。
私は幸いにも、チャレンジする人たちに囲まれて大学生活を送ったこともあり、自然にそのスタンスが身についたように感じています。だから、学生のみなさんには、もう途方もなく大きなものに向かって、大学や高校の時間を活用してもらいたいって思います。
待つのではなく、おもしろいことは自ら作る
SFCで成長した自分を感じるのは、どのようなときだったのでしょう。
大学では本当にいろんな体験をしました。私は大学って最高だなって思ってました。ところが実家に戻って地元の友達と話をすると、みんな「大学がつまらない。」「大学におもしろいことなんかない。」って言うんです。それがとても不思議で、また、残念でしたね。
SFCの感覚では大学は、おもしろいことを作る場所なんです。誰かが用意してくれる楽しいことを待つんじゃないくて、自分たちでいくらでも作ればいいという発想だったんですね。
なるほど。しかし、普通に大学に通っていて、その感覚を身につけるのは難しいことだと思います。
地元の友達と私って、違うところなんてないんですよ。偏差値も同じぐらいだし性格もそんなに違うわけじゃない。ただ、ちょっと環境が変わっただけで、人の考え方は変化して、違う人生がはじまるってことに驚きました。
SFCで私は、FACEという学生団体にいました。次世代のリーダーとなるための人材育成をテーマに、いろんな企画をしかけていく団体です。でも、FACEに入っているのは、すでに火がついてる人たちなんですよね。私は、火がついている人にさらにガソリンを注ぐより、まだ火がついていない人に着火することのほうが大事なんじゃないかと思いはじめました。
SFCのパワーのある人たちに囲まれていましたが、飛騨高山に残った自分を想像することは簡単でした。二つの世界を見て、機会の大切さについて考えるようになったんです。
SFCに行かない人生のほうが、よりリアルだったはずですものね。
私はレアケースなんだと思います。実家の考えも、地元の友達と似たところがあって、大学に行くと言っただけで、「何しにいくの? まじめに働きなさい」と説教されました。「好きな仕事を選ぶことなんてできない」「やる気があればなんでもできるわけではない」と言うんです。
確かに女手ひとりで、子供をふたり育てているような人もいるし、日銭を稼ぐためにがんばらなくてはいけない現実があるのはわかるんです。でも、ちょっとした環境の変化や、人との出会いで、持てる希望が変わってくるならば、私はたくさんの人に希望を持ってほしいと思う。それで、大学を卒業する前、11月くらいにカタリバを設立することにしたんです。
●学生の間は、社会人になる前のトレーニング期間
●楽しいことを待つのではなく、自分たちで作ればいい
●環境が変われば考えが変化して、別の人生がはじまる
高校生が見知らぬ大学生に会い、人生を考える機会を受け取るカタリ場。その活動を普及させるために、今村さんは何度も何度も挫折を繰り返します。そのたびに立ち上がることができたのは、今村さんが自らの信念を信じたからにほかなりません。思いを遂げる、ということは、なんと困難で、そして素晴らしいことなんでしょうか。次号は、幾重にも立ちふさがる壁に立ち向かう、カタリバ創成期の様子をお届けします。
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Wrote 2009.01.13 << 前のインタービュー | 次のインタービュー >>