vol.123 曽根原 久司

NPO法人えがおつなげて代表  URL:http://www.npo-egao.net/

1985年3月
明治大学政治経済学部経済学科卒業。フリーター、ミュージシャンなどを経て、経営コンサルティング会社に就職する。

1995年11月
日本の経済構造のあり方を危惧して、山梨県に住居を移し、自給自足の暮らしを実践。

2001年6月
NPO法人えがおつなげてを設立。都市と農村を繋ぐ資源循環型の経済の確立を目指し、さまざまなプロジェクトを手がける。

こんにちは! テトルの本村拓人です!!
3回にわたってお届けするNPO法人えがおつなげての曽根原久司さんのインタビュー。今回が最後の記事となります。 コンサルティング業務と並列して、自給自足の実験的農家生活を送り、地方産業の可能性を模索した曽根原さん。曽根原さんが農家を営んだのは、都市と地方を結ぶ社会モデル形成の準備段階にあたるもので、自給自足が可能になっただけでは、目標到達とは言えません。 そこで、次に曽根原さんは、モデルの構築と拡大化を図ることになります。一家族単位でスタートさせた自給自足の生活は、いかにして拡大し、社会的なインパクトのある活動にまで育って行ったのでしょうか。 曽根原さんのインタビュー最終回となる今回は、人を集める手法や、継続的に活動を持続させる技術などをクローズアップ。事業プラン策定の重要性などについてお伺いしました。

田舎暮らしに共感が集まることはわかっていた

家族単位で農業が営めることがわかったとのことですが、それでは、その活動に支援者がどんどん増えていったのはどうしてなのですか?

大きなポイントは"共感"だと思います。今後、田舎暮らしに対するニーズが高まってくるだろうことは、移住する以前から見えておりましたから、共感が集まるだろうということも織り込み済みでした。事業を拡大させるには、ニーズがあるということが非常に重要なんですよ。 田舎暮らしをしたい人が増えていく中で、私が実践していたら、共感は高まるじゃないですか。だからその当時は、テレビや雑誌の取材もたくさんきましたね。

外に向かってアナウンスするようなことも行われていたのですか?

定期的に、簡単な田舎新聞のようなフリーペーパーを作っていました。田舎暮らしは楽しいよってことを伝える媒体で、同時に、自分が作った生産物の宣伝も兼ねたものです。それを6000部くらい作って、コンサルタントの仕事で関わりのあるお客さんや、山梨近郊で生産物を買ってくれるお客さんなどに配っていました。

そのツールが共感を集めることに役立った、と。

都会の人には、田舎暮らしについての共感を生み、農村の人には地域作りとしての共感を生みました。活動を伝えて、人に知らせるという土壌ができあがってきたら、今度は都会の人も農村の人も参加できる異業種交流会というものを仕掛けていったんです。今度は人を集める装置ですね。 異業種交流会は移住して4年目からなのですが、2ヵ月に1回ほど、毎回30人くらいの都会人を田舎に連れて行くわけです。それを2年続けたら相当なネットワークができましたね。もちろん、マスコミの方なんかもたくさんいらっしゃいましたから、そこがまた宣伝の窓口になるわけです。

農業を経営として捉えて、営業や販促も実践する

綿密に計画を立て、着実に実行されている感じですね。

異業種交流会に参加してくれた人の中からは、一緒にやりたいという人も出てきます。そうなったときに、人間ってのはね、自分の置かれているポジションを確認したくなるものなんです。それで、しばらくは「白州田舎倶楽部」という任意団体で活動していたんですが、2001年に、NPO法人格となる「えがおつなげて」を作ったんですよ。

えがおつなげてを筆頭にさまざまなプロジェクトを手がけていらっしゃいますが、そのネットワークの中で、曽根原さんはどういったポジションを担っていらっしゃるのでしょうか?

ネットワークと言いますか、プラットフォームと言いますか、いろいろ言葉はありますが、私の役割は、コーディネーターだと思っています。

参加したがっている人と上手に手を取り合うコツはあるのでしょうか?

エスカレーターを作ってあげることだと、私は思っています。たとえば「農業をやってみたい」と言ってる人に、「じゃあ、やってみては?」とアドバイスしても、いきなりは難しいですよね。だから、最初のステップとして、グリーンツーリズムをやるんです。農村体験ですね。 さらに深く知りたいという人には、農村ボランティア制度を試してもらう。そしてさらに難易度を上げて、インターンシップの制度をやってみるんですね。無理のない形で徐々に参加できる仕組みを作ってあげるんですよ。

なるほど。農業に向いているのか、向いていないのか、トライアルできるのはありがたいですね。

そういう連続性のあるプログラムを出すことが大事なんですね。

曽根原さんの活動が、既存の農家と決定的に違うところはどのようなことなのでしょうか?

農業を経営として捉えているところですね。経営だから、生産や製造があって、営業、販促など、全部やらなくちゃいけないと思っています。全部やらなきゃ"業"にはならないですからね。農業者は、生産しかやっていないでしょう。販売は農協に任せてしまって、その先がどうなっているかもわからず、決定権も持てない状態になっています。 それで農家は儲からないということになってしまうのですが、農協だってがたがたなんだから。両方がダメになっちゃってる。だから、構造を変えれば有効性のある分野だと思うんですね。いまの農業では、とても大事なことが忘れられてしまっています。農業ってつまり、人を、生産者を育てる仕事なんですよ。そこが忘れられちゃってるんですよね。

世界経済と国内経済の両輪がまわることが理想

改めて、農業はいいなって思えると言うことですか。

いいですねぇ。大儲けはできないかもしれないけど、確実に収入はあるし、一定規模以上の商売もできる。5年くらいやった結果、私、農業と林業で一千万くらいの稼ぎになりましたよ。おまけに自給自足だし、土に触れながら生活できるわけだし。

僕は都会に住んでいるのですが、田舎暮らしに興味を持ちながらも、情報に取り残されないか、など心配な要素がありますね。

確かに、昔なら情報は少なかったかもしれませんが、いまはインターネットがありますからね。あまり関係ないですよ。世界経済がこれから崩壊するので、田舎暮らしへの流れはこれから、もっと加速するんじゃないでしょうかね。

曽根原さんは、社会を立て直すために日本は何をすべきだとお考えなのでしょうか。

経済構造の秩序はもう一度立て直すことだと思いますね。もちろん、グローバリゼーションの中で、勝ち残る企業というのも必要ですよ。それとは別に、国内資源の循環構造を作らなくてはなりません。ここで都市と地方が連携するのですが、国外的なものと国内的なもの、その両方がまわるようになったらいいんじゃないかなと思います。

両方が必要であると。

バランスですね。どちらか一方だけってのはありえないと思う。

なるほど。それでは最後の質問なんですが、えがおつなげて、は事業体として見たときに、経済はまわっているのですか?

もちろんですよ。私が個人的に作ったスタイルをえがおつなげてに引き継いでいるのですが、うまくいってます。ひとりでやるスタイルを、みんなでやるスタイルに転換したわけですね。ちゃんとスタッフもいますし、お給料も出しています。独自の事業体として、ちゃんと成立していますよ。

Word of power

●フリーペーパーで広報しました
●連続性のあるプログラムを考える
●独自の事業体として成立してますよ

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