vol.125 平田 裕之
エコアパート代表 URL:http://blog.canpan.info/eco-apa/
1973年7月 東京都に生まれる
1995年4月 高千穂商科大学商学部在学中、アメリカ、カリフォルニア州ハンボルト大学に留学。野外教育NPO、LEAPに激流下りのガイドスタッフとして参加する
1998年7月 帰国後、巨樹と川と人のつながりを訪ねる日本縦断の旅を慣行。
2002年9月 六町エコテラス事業(コミュニティガーデン)を、NPO足立グリーンプロジェクトとして手がける
2007年11月 東京都足立区のエコアパートが完成。現在は、地球環境パートナーシッププラザに勤務中。
こんにちは! テトルの本村拓人です!!
3回にわたってお届けする「畑がついてるエコアパート」を管理、運営する平田裕之さんのインタビュー。
今号は2回目の掲載となります。
自分の生まれ育った国についてあまりにも無知であったことに衝撃を受けた平田さんは
滞在先であったアメリカから帰国し、日本国内をめぐる旅へと出発。
そして、2年の旅を終え、環境をテーマにしたプロジェクトを発足します。
環境というテーマは、個人が立ち向かうにはあまりにも大きすぎるようなイメージがあります。
しかし、エコブームの浸透からもわかるとおり、やるべきは「できることから」。
平田さんも、目の前の問題に取り組むことから、自身の疑問などへの挑戦を試みます。
足立グリーンプロジェクトは、どうやってコミュニティガーデンを作り上げたのか。
そして、そこに人々が集まった理由はどこにあるのか。
今号では、平田さんの強い意志や粘り強い活動に注目してください。
2年かけて日本を巡り、平田さんは何を見ていったのでしょうか?
そりゃ川ですよ。川が好きですからね。
当然、川下りもしましたよ。
北海道の釧路川とか和歌山の北山川四万十川とか。
各地の川を歩くとわかってくるのですが、日本の主要な川にはすべて関が作られている。
そしてデコレーションしてあるみたいにゴミが溜まっているんですよ。
森だって手入れされていません。
川から見上げると、惨憺たる風景でした。
まわりの森が管理されていないから、
表土が流れ出てしまって地肌は岩だらけ。
増水したときのクッションになってくれる土がないから、
雨が降ればすぐに洪水を起こし、渇水のときは一気に干上がってしまっている。
たとえば、鮎が産卵しようにも、温度が高すぎて孵化できないような状況になっているんですよ。
そうなんですか。ひどいですね。
でね、どうして手入れをしないのかということを林業の人に尋ねてみると、
仕事としてなりたたないから、手を入れられないことがわかってくる。
そうやって全部繋がっていくんですね。
僕は川だけを見て生きていきたいと思っていたし、そこにしか興味がなかったんだけど、それだけじゃ済まないことがわかってきたんです。
川を豊かにしたいなら、水が流れ込む支流が必要だし、支流は保水力ある森の存在を必要としている。
その森には林業を営む人がいて、ちゃんと経済がまわらなくてはならない。
そうなんですよね。繋がっているんですよね。
川を見ているだけで、システム全体がおかしくなっていることがよくわかりました。
事態はとても深刻なのですが、かといって自分にはそれを覆すような力も当然ありませんでした。
それで、川のことばかり考えていてもどうしようもないと思うようになっていったんですね。
一度海外に身をおいたことで、日本に対する見方も変わったのでしょうか。
僕はアメリカに憧れたから行ってみたわけですが、
向こうのことをよく知ってみると、漫然とした憧れはなくなりましたね。
アメリカ文化の中で、人は主張しなくちゃ生きていけないと思っていたのが、
実は内向的でアジア的な文化にあこがれるアメリカ人もいるんだってことがわかるなど、
当たり前ですがどこでもいろいろあるんだということに気がついたわけです。
良くも悪くもいろんなスタイルの違いがあるってことなんですね。
そういう目で見ると、日本のよさもよくわかるようになりました。
狭い視野の中で、日本はダメだ、海外がいいって思い込んでいたのですが、そんな単純なものではないなと思いましたね。
日本しか知らないと、日本文化に関心を持ちにくいということってありますよね。
なんででしょうかね。
いざ関心を持つと、日本ってめちゃくちゃおもしろいんですよ。
たとえば方言ひとつとっても、ずーずー弁にも地域ごとに違いがあったり、
ほかにも黒潮文化の影響で沖縄、高知、三重は共通して濃い顔立ちの人がいたりね。
亜熱帯や亜寒帯地方、それぞれに個性的な文化があり、食のあり方もさまざまです。
アメリカに比べて、長い歴史を持っていて、
それがちゃんと現代でも息づいているおもしろさがありますよね。
学校で勉強した日本史とは、また違ったニュアンスなのですが。
僕は日本国内を旅してまわる中で、たくさんの木を見ました。
日本には原生林がほとんどありません。
つまり、数百年、数千年にわたって生きているような木は、祖先が意図的に残してきたわけです。
それらの木は人々の間で受け継がれて、神様としてまつられたり、畏れられたりしてきました。
日本人の自然に対する奥深い価値観が読み取れますよね。
なるほど。自然や文化に触れるとは、そういうことなんですね。
山もね、よく見なければみんな緑にしか見えません。
だけど、植物一つひとつの名前や性質がわかって、
この木には太陽が好きなんだとか、日陰でいいんだということが見えてくると、
そこにある意味や競争関係・共生関係が深く読み取れるようになります。
それらの繋がりが理解できるようになると、自然や文化がいっそうおもしろくなるんですよね。
平田さんは、実際にさまざまな場所に訪れて、
ご自身の目で見て、体験したから、深く理解することができたのでしょうね。
書物などで、表層的だったり、アレンジされたりした歴史などではなく、
実際に土地の人としゃべりながら触れるのがいいんですよ。
自分の国の成り立ちをリアルに感じることができましたおかげで、変な外国コンプレックスもなくなりました。
そして平田さんは、足立グリーンプロジェクトを立ち上げますよね。
これはどうしてだったんでしょうか。
2年かけて北海道から沖縄まで国内を旅するなかで、土地土地の古老の話を聞きました。
そこでは失われた自然や文化を嘆いていました。
そんな状況を前に、僕はどうすることもできない自分を感じていました。
「僕には無理だ」と、あきらめることもできたし、評論に徹することもできたと思います。
でも、たとえば木はね、与えられた環境を嘆いたりはしないんですよ。
"なぜ、こんなところに種が落ちてしまったんだ"なんてことは言わず、
与えられた環境の中で、一生懸命いまの命を生きている。
人間だって、恵まれた環境、そうでない環境、いろんな状況の人がいます。
でも、その中で、自分がやれることをやるのか、あるいはやらないのかは、本人が決められること。
だから僕は、できる範囲で自分のやれることをやろうと思ったんです。
うまくいくかどうかはわからない。
けれど、環境問題についてはライフワークとして生涯かかわろうと思いました。
なるほど。環境問題をテーマにしよう、と。
そうですね。これまでお世話になった人たちへの恩返しの意味も込めて。
それで、東京に戻ってみると、たまたま地元で区画整理事業が行われていました。
都市開発という言葉は使っているけれど、やっていることといえば街の破壊のような感じでした。
その状況に対してできることがあるんじゃないかと思って、足立グリーンプロジェクトを立ち上げ、コミュニティガーデンの運営を行ったんです。
コミュニティガーデンの運営とは、
どのようなところからスタートしたのでしょうか。
区画整理は事業スパンが長く、その間虫食いの様に空地ができます。
それが景観・治安・コミュニティを損ねる一因にもなります。2メートルほどの草がぼうぼうに生えた、七百坪くらいの、ちょうど野球場くらいの空き地がありまして。そこを開拓して、エコ農園などを作ろうと思ったんです。
区の区画整理事業用地で、区の職員に「やれるもんならやってみろ」的な冷ややかに扱いを受けるし、農家の人も「無理だよ」なんて言われましたね。
なにしろ放置期間が長く根が張りすぎていて耕耘機も入らないんですからね。
ところが、近所にいいかげんなオヤジがいて、「真ん中からやりゃあいいんだよ」って。
「全部見たらうんざりするから、真ん中からやって、目の前の草にだけ専念すればいい」って言うわけ。
じゃあそうしようと思って数人で取り組んでいたら、近所の人たちがどんどん手伝ってくれるようになったんです。
広報はいっさいできませんでしたが結果的に不用でした。
なぜなら最強の広報・口コミがあったから。地元のマダムたちの発信力はすごい。
現場で困ったことが起きて、それをその都度、周囲の人たちに助けてもらいながら解決していきました。
それこそゼロからのスタートだったし、問題は山積みでしたね。
コミュニティガーデンを運営する組織はやがて大きくなり、
役割分担などもあったようですが、そういった構想ははじめからあったのでしょうか?
ないですね。無計画もいいところ。
ヒッチハイクで旅をするような奴は計画なんて立てない、そのほうがいいんだって当時は思っていましたね。
でも、組織になってくると考え方は完全に変わりました。
計画を立てないと、人や組織は動かないんです。当然、言い出しっぺの僕は計画を立てなきゃいけない立場になりました。
進めるうちに計画の重要性に気づくってのがおもしろいですね。
計画は大事。
助成金をもらうにしても、いついつ頃にはこうなる予定ですって、明確に言えないと無理です。
企業の人も寄附してくれません。わかんないことだらけだから、悩みながら、泣きながら、教えを請いながらやりましたよ。
それだけきついのに、あきらめたりはしなかったんですね。
人に強要されてやっていることじゃないから。
自分で決めて、自分でやめちゃったら、もう立ち直れないじゃないですか。
自分で決めたことができないって、なんかみっともなくないですか?
●「やれるもんならやってみろ」と冷ややかに扱われる
●近所の人たちが手伝ってくれるように
●自分で決めたことをやめたら、立ち直れない
コミュニティガーデンを完成させ、運営のすることを可能にしたのは、平田さんの情熱と行動力です。これってかなり勇気づけられると思いませんか? “こんな社会にしたいな”って思ったら、まずは個人から、できることから。つまり誰にでも取り組むことができるのです。次号は、エコアパートに込められた平田さんの想いについて伺います。
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Wrote 2009.05.15 << 前のインタービュー | 次のインタービュー >>