vol.025 水谷 孝次 / Mizutani Koji
水谷事務所代表 URL:http://www.merryproject.com/
1951年3月
名古屋市で生まれる。
1977年
日本デザインセンター
入社。
1982年
東京ADC賞(東京アートディレクターズクラブ)ポスター公告電通賞
1983年
水谷事務所設立。
2000年1月
ラフォーレミュージアム原宿とラフォーレ原宿館内を会場にした写真&ポスター展「Merry at Laforet 2000」を開催。
2001年4月
日英同盟結成100年にあたるこの年、ロンドンのセルフリッジ百貨店で行われた「Merry Tokyo Life」のメイン企画に抜擢される。
2001年9月
阪神大震災から6年。震災時に寄せられた支援に対する感謝の気持ちを、笑顔で発信する「Merry in KOBE 2001」を開催。
2003年2月
9.11から1年後のニューヨークでMerryを撮影。六本木とニューヨークをつなぐインスタレーションが開催された。
2005年3月
愛・地球博にて
「MERRY EXPO」開催。
こんにちは!テトルの本村拓人です!! 全3回でお届けするアートディレクター水谷孝次さんのインタビュー「特別編」。今回は2回目の配信です。 「一つの世界、一つの夢」というスローガンを掲げた北京オリンピックには、Merryの笑顔が必要だ!と感じた水谷さんは、ついに北京に足を踏み入れ、チャン・イーモウさんたちと面会を果たします。 これまでに開催したMerry Projectの資料や新たに撮り下ろした笑顔の写真、そして揺るぎない情熱を持って水谷さんは、彼らと対面したのです。
大学生の頃にやっていた音楽活動で気づいたこと。それは、「たとえ下手でも、情熱がありさえすれば、必ず思いは伝わる」ということ。水谷さんの信念は変わりません。その相手が、北京オリンピックや中国共産党、チャン・イーモウであったとしても...。 本当に情熱がある人はなにを成し遂げるのか? それでは、水谷さんのインタビューをどうぞ!
特別な配慮をしてくれよ!
水谷さんが揃えた書類と写真を前にして、彼らはなんと言ったのですか?
イーモウさんは、そのほかに僕がこれまでに集めた笑顔の写真や資料を見ていたのですが、あまり気にする様子もなく、「これを全部送ってくれ」って言うんです。「水谷さんが集めた笑顔には心があるね。心があると思う」と、言ってくれた。そして、「色がとても綺麗だ」とも。「僕はこれがとても好きだ。大好きだから使いたい。これで決定だ」って言ってるわけ。ところが横から法律家たちが、書類が揃っていないのはダメだと、相変わらずの態度なんですよ。
僕はこれまでメールや電話で再三伝えたことを、またこの場で繰り返しました。貧富の差を越えた、人種を越えた笑顔を集めるには、インターネットで募集なんかしてもダメなんだ、と。そんなことをやっていては、今回のオリンピックのスローガンである「一つの世界、一つの夢」は表現できないよ、と。だから特別な配慮をしろよ、と抵抗したんです。
しかし、そうこうしているうちに、1時間の打ち合わせは終わってしまったんですね。イーモウさんもサイさんも「明日また、法律家たちと話をしてくれ」と、部屋を出て行ってしまったんです。「何か、受け取るものはあるか?」と言うので、持ってきた資料を全部わたしました。それから、僕はこれまでさまざまな会場で笑顔を使ったインスタレーションを行ってきましたから、その手法などを伝えました。彼らは感心していましたね。
なるほど。しかし、彼らの態度は軟化しないですね。
そうなんですよ。それで次の日、午前10時から法律家たちと会いました。今度はクリエイティブチームからは誰も来てくれませんでした。後から考えてみるとね、きっと彼らは知っていたと思うんですよ。最終的には、僕の提案する方法を法律家たちは受け入れることになるだろう、と。期日が迫るなかで、イーモウさんたちが働きかければ落ちるだろうということがわかっていたんですよ。
僕はもちろん、そんなことわからないから、とにかく午前10時から午後2時過ぎまでしゃべりまくりました。使用許可をもらっている笑顔の写真がたくさんあること。白人の子も黒人の子もアジア系の子の写真もすべてあること。書類をたくさん提出させるようなやり方では、本物の笑顔は集まらないこと。
4時間以上もしゃべったんですか。すごい熱意です!
そうなんですよ。で、2時を過ぎると、もうみんな、おなかがすいちゃってね(笑)。イーモウさんの秘書のジェニファーが言うんですよ。「水谷さん、あなたの情熱にはほとほと参りました。ところで、食堂が2時半で終わってしまうので、なにか食べませんか?」って。僕はまだ話が終わってない、それどころじゃないって思っていたんだけど、「ラーメンどうですか?」って言われて、仕方なくみんなで食事をしたの。食べながらもブツブツブツブツ言いながらね。
飛行機が出るまでには、まだ時間がある
中国側も、えらい人に目をつけられてしまったものですね(笑)。
僕は食事が終わったら、また話し合いがはじまるんだろうって思っていたんですよ。話はまだ済んでないですから。ところが彼らは「私たちはそろそろ行かなくてはなりません。さよなら!バイバイ!」って、食事を終えると全員帰ってしまったんです。
僕はずいぶん話が違うなぁと思って悲しくなった。昨日はイーモウさん、あれほど「やりたい、決まりだ」って言ってくれてたのに、クリエイティブチームからは誰も来てくれないし。「鳥の巣を案内してあげる」とも言われていたけど、そんなお声もない。さすがにね、もうダメかなぁと思いました。
で、やけくそになって、もういいやと思って、最後に鳥の巣へ行くことにしました。もうこれで見納めかなと思って、まわりをぐるりまわって、オリンピックグッズを売っている露店のおばちゃんに記念写真を撮ってもらっていると、すっかり暗くなったのでホテルに戻りました。
中国まで行って直接話しても、法律家は動かせなかったんですね。
そのときはね。で、ホテルの部屋に帰るとメモが置いてある。フロントに問い合わせるとオリンピックグッズと、クリエイティブチームからの手紙が届けられていました。手紙には、"北京に来てくれてありがとう"、"お世話になりました"、"いろいろあるとは思いますががんばりましょうね"といったことが書いてあった。
"がんばりましょうね"か、とまたがっかり。法律家があれだけダメと言っているのに、がんばるもなにもない。翌日は飛行機で日本に帰ることになっていたんですが、それまでには時間があります。がんばっても仕方ないとは思ったんだけど、僕はまたイーモウさんに手紙をかきはじめました。内容はこれまで何度も話したことの繰り返し。
同じことを何度も何度も、というあきらめない姿勢がすばらしいですね。
もうね、今回の件では膨大な量の手紙とメールをやりとりしましたね。子供の笑顔をテーマにするなら、僕が参加しないのはおかしいとずっと思っていたし、なにより、彼らは本当の笑顔についてしっかりと理解していないと感じたから。彼らのやりかたでは、彼らのかかげるスローガン「一つの世界、一つの夢」を表現することはできない。だから、あきらめられなかったんですよ。
東京に戻ってしばらくして、暮れも押し迫った頃に、サイさんから僕が最後に書いた手紙の返事が届きました。その手紙にはこんなことが書いてあったんです。
「私はあなたの手紙を見た。あなたの手紙にいたく感動した。私たちはあなたが撮影した笑顔をぜひ使いたいと思っている。これらの写真を使うために、私たちは最善の努力をするつもりだ。イーモウも法律家たちに掛け合ってOKさせると言っている。ただ、すぐにはできない。時間が必要だ」
水谷さんに、いいニュースがあります
その手紙を受け取った後は、結果を待つばかりとなったわけですか?
いや、彼らの提示する条件を満たす形で、笑顔を集めはじめました。でも、中国に膨大な個人情報をわたすという面での了解を得つつ、出生届けなどの書類を揃えていくわけですから、見ず知らずの人は協力してくれないですよね。だから知り合いや友達に頼み込んで、子供の笑顔を撮らせてもらいました。
1月になって2月になっても中国からは何の連絡もなくて、やっぱりこれまで撮影したMerryの笑顔はだめだったかなと思ったとき、一通のメールが届いたんです。「とてもいいニュースがある」と、メールには書いてありました。
サイさんやイーモウさんが法律家を口説き落としたということでしょうか。
そうなんです。メールには、「あなたのサインさえいただければ、それでいいです」と書いてあったんです。「あなたの思いは十分にわかった」、と言ってくれたんです。さらに、「あなたが撮影した笑顔は北京オリンピックのオープニングセレモニーで使うつもりであり、あなたのアイデアも取り入れさせてもらうだろう」と。
すごい。中国共産党を動かしたわけですね。
うん、中国共産党を動かして、チャン・イーモウさんも動かした。で、いったい何に使うのかは教えてくれませんでしたが、彼らはとにかく2メートルに引き延ばした笑顔のデータがほしい、と言うんですね。笑顔の写真はすべてボジで管理してあったんですが、これを2メートルのデータにする作業って結構大変なんですよ。僕は膨大な写真から北京オリンピックにふさわしい笑顔を選ぶ作業からはじめました。そして、該当する写真を1644枚選びました。
周囲からはまだ、「やめておきなさい」とか「中国の手柄にされて終わりだよ」という声があったけど、ダメだったらダメでいいじゃない、そんなの。それで、4月に2回、5月に2回、僕はそれぞれ400枚づつくらいのデータを中国に送りました。
●話はまだ終わってない、食事どころじゃない
●飛行機がでるまで時間があるので、また手紙を書きました。内容は同じです。
●ダメだったらダメでいいじゃない、そんなの。
いい知らせがある──。ついに、中国は水谷さんの思いを受け入れ、Merryと手を組むことを表明しました。靖国参拝や東シナ海ガス田、また食の安全を巡る論争など、日本と中国の間にはさまざまな問題が横たわり、いがみ合うことも少なくありません。しかし、水谷さんのようなコミュニケーションを取る方法もあるということを、水谷さんは個人の力で示しました。そして、Merryは、さらに広がり続けるのです。
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Wrote 2009.01.13 << 前のインタービュー | 次のインタービュー >>