vol.029 春山 佳久
株式会社とれいす代表取締役社長 URL:http://www.trace.co.jp/index.html
2003年 全米大学工学賞受賞
2004年 UCLA 航空宇宙工学科を卒業
2005年4月 株式会社電通へ入社 新聞局にて日経新聞、日経産業、日経MJ、日経金融の担当をする
2007年5月 株式会社電通を退社
2007年6月 Google Inc.入社。広告営業マネージャーとして「Google Adwords」「You Tube」のコンサルティング営業を実施
2008年7月 Google Inc.を退社した後、翌8月に株式会社とれいすを創業。代表取締役社長に就任
春山さんはユニークなキャリアをお持ちですが、
起業するまでの道のりをお聞かせ下さい。
アメリカのUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)に行きました。
「宇宙の勉強をしたかった」のと、高校までずっと野球をやっていたので、アメリカ=野球だろうと単純に思っていたからです。
その二つを実現できるのは、日本ではなかなか見あたらず、あるとすればアメリカだろうというのが、動機でした。
そもそも宇宙に興味を持ったきっかけは、
小学6年生の時に宇宙飛行士の毛利さんの講演会を聴きに行きったことです。
毛利さんの話にすごい感銘を受けて、
宇宙ってカッコいいなと思いました。
ただ、生意気な少年だったので、彼以上のものになりたいと思い、
毛利さんに「あなた以上の人間になるにはどうしたらいいですか?」とたずねました。
ふと気付くと、アメリカだ!留学だ!という熱い思いになっていました。
ただ、実家は専業農家で、自分は長男なので
「ずっと宇宙だ!アメリカに行きたい」と言っていても、父親からは反対されていました。
ただ父は野球好きで、僕が高校の時に、いい活躍が最後の大会でできなかったので、
その時に勢い余ってアメリカに行きたいという話をすると、
「3秒後に行ってこい」と返事が返ってきた。2年間学費を出してもらい、アメリカに行きました。
それまでは全部自分でやれということで、英語の勉強に取り掛かったものの、
高校からだと、なかなかできないケースがあり、
中学校の時にネイティブの先生が、朝の毎日30分オーラルの時間を設けていて、
それを6年間ずっと高校でもやっていて、ある程度しゃべれるようになっていました。
父親にはそれだけでは直接的にはアピールできなかったので、野球でアピールしました。
向こうでは、最初の2年間は野球をしながら
物理、数学、航空工学を勉強し、最後の2年間は、航空宇宙の方に集中しました。
基本的にはスペースシャトルや、人工衛星、その設計とシステムインテグレーションについてのプロジェクトに没頭していました。
各パーツの設計にはスペシャリストがいるので、
それをいかにして組み合わせてベストなものを作り、
予算はもちろん、加工しやすい部分、修復しやすい部分を考えながら
デザインして実際にシミュレーションまで行って、計算する設計でした。
事業戦略などを立てるときに、
マインドマップであらゆる要素を書き出して、
メリット・デメリットをしっかりと分析して行われる話を聞きました。
私が良くマインドマップを使っていろいろな決断をするのは、
もともとあまりメモをするのが得意じゃなかったので、
マインドマップは経営をしていく中でいろいろな選択肢があって、
何を自分が選択しているかという、ある程度自分のクセがわかってくる良いツールです。
自分のクセがわかって、まだまだ僕も未熟なので、
最初に良い選択をすれば、回り道をしなくてもよかったというケースがあるじゃないですか?
それをやっておけば後々自分がもっともっと大きい選択をして、有効利用できる時もある。
そんなデータを取っています。それが宇宙と関連があるかというと遠いですけど・・・
フィードバックのループはそういう感じでつくりました。
米国から帰国されて、電通にはどのくらいいらしたのですか?
電通には2年と1ヶ月ぐらい在籍していました。
電通の中でもすごく素晴らしい部署はたくさんありますが、
その中でも新聞局に配属になり、毎日、新聞広告をクライアントにご提案する日々を過ごしてました。
何故電通に就職したんですか?
電通に入ったのは、OB訪問して面白いなと思ったからです。
ちょうどそのときに、宇宙を題材にしたCMを作っていたので
「宇宙関連の仕事をずっとやっていたい」という話をして、
その配属になるのかなと思っていたのですが、ふたを開けてみると、日本経済新聞に配属されるんですけどね。
新聞広告はもちろんですが、新聞社のインターネット広告をも扱っていました。
数時を活用した提案、例えばPV数やクリック率等、
過去の実績数字をもとに提案ができたので、「これって結構面白い!」と感じ、
かつ、測定結果をもとに新たな提案ができ、大変面白いメディアだと思っていました。
その時にニュース記事に連動したかたちで広告が配信される広告が登場して、
僕が積極的に営業した広告よりも(もちろん記事内容を予測できないので、記事とは連動していません)、
システムが管理して記事と連動した広告の方がクリック率倍以上よく、
営業マンがいないということで営業コスト的にパフォーマンスが良い。
自分が扱っている媒体よりもクリック率がいいということは、
アドセンスはユーザー心理を考えたうえで、
配信しているわけで、「それではまずい・・・」と考えて、グーグルに関心をもちました。
日経でBtoBの商品を売ることが多く、経営者と直接お会いし、記事体広告のインタビューをさせて頂き、
様々な経営者の方のお話を聞くことができました。
その時に、インタビュー後に「これから何をやりたい?」とよく言われて、自分でもそれを考えていたら、
1人で創業して今は1部に上場したある経営者が
「君も20代のうちに経営者になった方がいいよ」とおっしゃいました。
それで会社を興すことは1つの手段だと感じました。
ただ、何をしたいという明確なビジョンはありませんでした。
学生の時から宇宙も好きでしたが、パソコンやネットも好きだったので、
それでアドセンスの話があって、「ネットってすごいな」と思いました。
将来的に会社を興すのであれば、インターネットの技術は必ず必要だと思い、
それであれば グーグルでまずはインターネットのマーケティングを勉強しながら将来を考えていくことが重要だろうと思い、グーグルに転職しました。
グーグルでのお仕事とは?
その時、大手の広告代理店はコンペでなかなか検索型連動広告まで入れなかった。
直接お客さんから話を聞くと、そういうところがすごく提案して欲しいというニーズがあったんですねであれば、
コンペにマス広告はもちろんですが、クライアントの問題点を解決するための広告戦略に検索連動型広告を入れてもらうための営業支援を広告代理店様にご提案しておりました。
それ以外には動画を利用した広告プラン、YouTubeを軸にした広告提案をしたりと、Googleのプロダクトをご提案させて頂いておりました。
電通時代から外部のネットワークを築いていたことがグーグルへの転職につながっていますよね?
同時期に、私ともう1人が一緒に電通を辞めたのですが、
彼といつも話をしていたのが、ライバルは外にいることです。
外を眺めると、同じ世代や同期入社にはすごいビジネスマンがたくさんいたんですね。
証券会社1年目で、そのセクションの最高成績を上げたという仲間などがいたので、
同業他者のトップの人たちが一同に介する会を一緒に作ったら面白いということでそのような交流会をやったのですが、
そうすると、みんな自分を自慢しあうことに躍起になるんですね。
でも、僕たちが見ている世界と全然違ってビジネスの仕方も違うので
「こいつらは面白い!」と、1年目のころから同期ですごい奴らを集めて、会をやっていました。
●あなた以上の人間になるにはどうしたらいいですか?
●「君も20代のうちに経営者になった方がいいよ」
●外を眺めると、同じ世代や同期入社にはすごいビジネスマンがたくさんいた
株式会社とれいす代表取締役社長、春山氏へのインタビュー記事第一号は以上になります。
次号もお楽しみに。
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Wrote 2009.07.28 << 前のインタービュー | 次のインタービュー >>