vol.038 山本聡
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山本聡(やまもとさとる)
大和証券株式会社商品企画部次長(企画課長)。1998年大和証券入社。2001年より商品企画部にてデットファイナンスならびに新商品開発に従事。IFFImワクチン債をはじめ、世界銀行ワールド・クールボンド、世界銀行グリーン世銀債、アジア開発銀行ウォーター・ボンド、欧州投資銀行エコロジー・ボンド、米州開発銀行子育て支援債、アフリカ開発銀行教育ボンドなどを担当。2009年11月には国際金融公社と協働で日本初のマイクロファイナンス・ボンドを立ち上げる。慶應義塾大学経済学部卒。米UC BerkeleyにてMBA取得。
今回のソーシャルマーケッターは、大和証券商品企画部の山本聡氏の登場です。日本で初めてマイクロファイナンスボンドの商品を企画するなど、金融界のみならず、社会的にも注目されている山本氏の取り組み。山本氏が商品化するまでの取り組みなどを伺いました。(聞き手・綿引綾美)
まずは、学生時代に遡ってお伺いできますか?
普通のぐうたらな学生ですよ(笑)ですが、ゼミの教授が机上の空論が嫌いだったため、現場に出て取材しろと言われ、経営者の方々に取材に行き、仮説を立てて検証するという作業をしました。それは、今でも役立っていると思いますね。
なぜ証券会社を選ばれたのですか?
ゼミの研究では東京・大田区の中小企業を20社以上訪問して論文を書き上げたのですが、その際にお会いした経営者の方々の人間的魅力に圧倒され、こういう人たちと接する機会のある仕事はどこかということを考えていました。また、世界に誇る技術力はあるが資金調達が大きな経営課題だという話を何度も耳にし、それなら資金調達のサポートができる金融業界はどうだろうと思ったわけです。金融機関といっても色々ありますが、実力主義の世界で自分を磨きたいという思いが強かったので、迷わず証券会社を選びました。
入社後のキャリアは?
入社の前年に山一證券が倒産するという厳しい環境下での社会人スタートとなりましたが、鹿児島支店配属後まもなくITバブルが到来し新規のお客様がどんどん開拓できるという幸運に恵まれました。ところが、良いお客さんもついて、これからという時に本社の営業本部に戻ることになりました。そこから2001年に商品企画部へ異動になり、グローバル経済とマーケットのレポートを作成する仕事をしていたのですが、様々な情報を効率的に取捨選択し、世界の金融・経済に関する難解な話を個人のお客様にわかりやすいストーリーに纏めるという業務を繰り返す中で、マーケットに対する感度とビジネス機会に対する嗅覚が磨かれていったように思います。その後、2005年から米国のUCバークレーへ留学し、MBAを取得して、2007年に帰国。商品企画部に戻ってきました。
1年半で本社の営業本部に戻るというのはとても早いですよね?
石の上にも3年ともいいますし、トップセールスマンになる意気込みで証券会社に入社していたので、正直拍子抜けしました。
闘争心は強い方ですか?
負けず嫌いですね。小1から高3まで、ずっと水泳をやっていて、インターハイや国体といった全国大会にも毎年出場していましたし、中国地区の大会でも優勝しました。
マイクロファイナンスに着目したきっかけは?
留学時代にMicroplaceというオンラインでマイクロファイナンス投資ができる会社があることを知りました。しかも、留学先のUCバークレーのお隣、スタンフォード大MBAの卒業生が起業した会社です。それまでもマイクロファイナンスのことは知っていましたが、少し遠い世界のような気がしていたんですね。でも、Microplaceのことを知ってから、一気に自分の中で現実的な話になりました。これは証券ビジネスになると。
MBA留学から帰国して、マイクロファイナンス・ボンドを企画し実現するまでの過程を教えて頂けますか?
帰国した翌年、2008年の秋に中期経営計画の素案作りを担当していたので、そこにこそっと新規ビジネスとして「マイクロファイナンス」と入れてみたりして(笑)。そこから、「これ何だ?」という話になり、上司であり常務でもあった方に詳細を提案したところ、当初のモデルでは初期投資がかかるうえに収益ドライバーも明確でないことから、当然のごとく「これじゃ駄目だよ~」と言われて。
しばらくお蔵入りしていましたが、2009年3月にオンラインビジネスを活性化する社内プロジェクトがスタートし、その事務責任者だったので、再度マイクロファイナンスを提案しました。プロジェクトに選ばれた部長や有志のメンバーと議論をし、今度は理念先行ではなく実際にビジネスとして機能するかどうかに重点を置いて再チャレンジしたところ、GOサインをもらいました。そうして生まれたのがマイクロファイナンス・ボンドです。
海外のマイクロファイナンス投資商品は、投資家と投資先が直で結びつけられるものがほとんどです。しかし、弊社のマイクロファイナンス・ボンドは、国際機関が発行している債券に付加価値を加えたものであり、いってみれば既存のビジネスを活用したものなんですね。どういうことかというと、もともと国際機関の発行する債券というのは、証券会社のメジャー商品なんです。国際金融公社(IFC)はそうした国際機関債の発行体の一つ。一方で、IFCは自らが投資家としてマイクロファイナンス事業を積極的にやっている。だったら、最初からマイクロファイナンスに絞って起債してもらえばいいのではないかと。入り口で投資家のお金がマイクロファイナンスに活用されることを明示し、出口では実際にマイクロファイナンス機関のために使われる。スキームとしてはこれまでの商品と同様だから、販売規模の目途もつき、ビジネスとしていける、とある日お風呂に入っていた時にふと思いついたんです。それがだいたい2009年4月。その後GW明けに関連各部署や発行体等と話を詰め、商品化しました。
お蔵入りしていた時間はどうされていたのですか?
普通に業務をしていましたよ。一方で、マイクロファイナンス・ボンドという商品は、できれば受けるという確信がありました。商品化すれば日本初になる、グラミン銀行がノーベル賞を受賞したこともあり話題性もある。他社より先に手掛けるにはどうしたらいいかを常に考えていました。このアイデアを先にとられたくないという思いは強かったです。Microplaceはその後eBayの子会社となっていたのですが、ちょうどMBA留学時代の友人がeBayで働いていたので、同社のビジネスモデルの詳細を聞いたりしていました。一から作らなくても、既存のビジネスモデルを日本に持ち込むこともできると思っていましたので。
日本初の商品化が実現したポイントは?
マイクロファイナンス・ボンドの一番大きい所は、マイクロファイナンスという新しい切り口を、収益が見込める既存のビジネスモデルに落とし込めたことだと思います。そして、この実現に向けては、上司から全面的なサポートを得ただけでなく、グループ各社の様々な方に協力してもらえたことも大きいです。グループ会社と共に一人ではできないことをする。まさに大企業ならではのレバレッジが効いた典型だと思います。
山本さんが商品開発をするうえで、日頃から心がけていることはありますか?
ビジネスマインドが重要だと思います。今グローバルマーケットがどうなっているのか、ビジネストレンドは何か、そういう情報に対するアンテナを張る。BRICsという言葉は、ゴールドマンサックスがマクロ政策レポートのなかで紹介した言葉ですが、これを英Economist誌で初めて読んだ時に、これは絶対にブームになると思い、部長に商品化を提案しました。BRICs向けの金融商品を初めて日本に持ち込んだんですね。2003年ごろの話です。国内の主要メディアが紹介するよりも半年ほど早かったはずです。これも、Economist誌を読んでいなければできなかったし、その時にこれだと思わなければできなかった。証券マンの元には毎日膨大な量の情報が送られてきます。それをどう料理するかが腕の見せ所。どこの世界でもそうだと思うのですが、仕事をとってくるビジネスパーソンというのは、その時は直接関係ないようなマイナーな情報でもいつか使えるかもしれないと、頭の隅に入れていると思うんです。そうして引き出しの中に大事に温めておいた情報を、ここぞというタイミングで引っ張り出してくる。そこがチャンスをものに出来るかどうかの分かれ目ではないでしょうか。
これから手掛けたいことはどんなことでしょうか?
マイクロファイナンス・ボンド等のインパクト・インベストメントは、これまで証券会社に口座をもっていない人が「これならいいかな?」と興味を持ってくれる商品です。商品として世に出す流れを作ったので、これに賛同するお客さんを増やしていきたいですね。まだまだ証券会社がリーチしているお客さんというのは限られています。その限られたパイの中に、各証券会社がひしめき合っている状況です。顧客基盤を拡大しない限り、証券ビジネスの発展もありません。マイクロファイナンス・ボンド等を通して、全く違う角度からお客さんを取り込みたい。今までとは違う魅力を提示できる金融商品を通じて裾野を広げたいと思っています。
ただ一方で、マイクロファイナンス・ボンドは、マスコミ受けや、一般受けはするものの、実際販売するとなると、これまでのお客さんの層と必ずしも一致せず、新しく開拓していかなければいけない面もあります。しかし、どこにその潜在顧客がいるのかわかりませんし、見つけたとしても買ってもらえるかはわかりません。一口が小さいので、営業担当者が時間をかけて積み上げるにはしんどい面もあるんですね。だから、WEBの特性を最大限に活用するのが不可欠と考えています。例えば、当社ではセミナーを積極的に開催して発行体と投資家とが直接対話できる場を設けているのですが、その模様をWEBで公開し、日本のどこにいても視聴できるようにしています。また、当社のホームページ内にマイクロファイナンスを始めとするインパクト・インベストメントの特集サイトを作ったり、外部主催のセミナーにスピーカーとして出てみたり、twitterなどで宣伝したりと、自分の立場で出来得る限りのサポートをしています。
目指している人物像などはありますか?
特にありませんが、UCバークレーで知り合った仲間のことはいつも意識しています。留学時代には、ローラ・タイソンさん(クリントン政権時の米経済諮問委員会委員長で現オバマ政権の経済再生諮問会議の委員)から直に講義を受けることができましたし、非常に優秀な友人達、自分というものをしっかりと持った友人達と知り合うことができました。東海岸のビジネススクールにも合格していましたが、西海岸のentrepreneur気質が良いと思ってUCバークレーに決めたことは、間違って無かったと思っています。今でも彼らを見て、彼らを基準に仕事をしています。
山本さんのポリシーのようなものがあれば教えて頂けますか?
努力できることが才能であるという言葉にはとても共感します。努力しているのを見せるのは好きじゃないけど、努力は大切だと思っている。
今後の社会はどのようになっていくと思われますか?
世界経済はしばらく停滞の中を進むのではないでしょうか。一方で、中国やブラジル、インドといった新興国がますます力を増していきますので、5年後・10年後の世界経済の仕組みがどうなっているかまったくわからないですね。いずれにしても、金融業界は厳しい状況が続くと思いますが、逆境の中にこそビジネスチャンスがあると思っています。
気になる会社というのはありますか?
アメリカのセールスフォース・ドットコムというクラウドコンピューティングの雄を育て上げたマーク・ベニオフ会長兼CEOがUCバークレーMBAの卒業式でスピーチをしてくれました。その時、利益の1%、時間の1%、製品の1%を社会に還元するとおっしゃっていて、実際NPOに安い値段で製品を提供したり、地域社会への貢献活動を積極的に行っています。しかも、本業の業績がきちんとついてきているということに注目しています。
最後に座右の銘はありますでしょうか?
座右の銘というか、忘れられない言葉として、鹿児島支店時代のお客さんに、「感謝の気持ちを忘れてはいけない。」と言われたことが印象に残っています。「感謝の気持ちを忘れなければ、絶好調の時にも驕ることなく、逆境の時にも折れないでいられる。」その言葉があったので、会社への恩義もあるし、尊敬する上司もおり、今こうして頑張っているんだと思います。
感謝の気持ちを忘れなければ、絶好調の時にも驕ることなく、逆境の時にも折れないでいられる。
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Wrote 2010.09.25 << 前のインタービュー | 次のインタービュー >>