vol.008 長谷部健 / Hasebe Ken
渋谷区議会議員/NPOグリーンバード代表 URL:http://www.hasebeken.net/
1972年
東京都渋谷区生まれ
1973年
1歳で青空保育「おひさまの会」に入る やんちゃし放題。日々、全裸で代々木公園を走り回る
1976年
短髪好きの祖母のお蔭で坊主頭人生のスタート
1978年
渋谷区立神宮前小学校に入学。6年間無欠席の皆勤賞。皆勤賞欲しさに風疹のまま登校し、 クラスメイト中に 風疹を伝染させ、自分は日曜日にしっかり寝て治す
1984年
渋谷区立原宿中学校に入学。バレーボール部に入り、東京の一部に名を轟かす
1987年
佼成学園高等学校に入学 高校にバレー部がなく、野球部に入部するがすぐに辞め、柔道部に転部し、黒帯を取得
1992年
専修大学商学部に入学オージーボールを始め、日本代表として海外遠征を経験
1996年
株式会社博報堂に入社 自分なりにバリバリ働く
2002年
株式会社博報堂を退職
2003年
NPO「green bird」を設立 渋谷区議会議員選挙当選 現在に至る
詳しくは→
【NPO グリーンバード】http://greenbird.jp/
【シブヤ大学】http://www.shibuya-univ.net/
【渋谷区議会】http://www.city.shibuya.tokyo.jp/
user/
テトルの本村拓人です! ! 事業を通して世の中の課題を解決していく人達(社会起業家)がいる一方、行政機関から社会問題にアプローチを仕掛ける方々がいる。世の中ではそれを市民起業家と名付けたり。 今回紹介する氏はまさにその市民起業家のモデルとして非常にわかりやすく、区議会議員としてシブヤの街をさらに豊かな街に変革していくモデルメーカーである。 また、表参道を主な活動フィールドにゴミ拾い活動を開始したのが約5年前。博報堂時代の仲間と共に活動を広げ、現在全国各地に9拠点、チーム数10という実績を残している。さらに、このメルマガ第4号で紹介したシブヤ大学の発案者でもある。 氏から学べる事は数多くあるのだが、その中でもコミュニケーション(広報)ツールにひねりを加えることで社会問題をより馴染み深いモノに変えていく。そうすることで参加者も自ずと増えていくムーブメントへ変化させる事が可能になる。 世の中のNPO/NGOにとっても大きなヒントになるはずだ。グリーンバードが何よりその実態を証明してくれている。
長谷部さんが社会起業家としてモデルをつくられている「グリーンバード」に焦点をしぼってお聞きしたいと思います。タワーレコードやJTなど大企業とタイアップされていますが、そういうことができているNPOって少ないですよね。うまいタイアップの仕方を、みなさん知りたがっていると思うので、その点についてもお聞きしたいと思います。
元々タワーレコードさんは代理店(博報堂)に勤めていた頃から知ってたんだよね。JTもそう。それは、かなり大きかった。でも最初にスポンサーについてくれたのはナイキ。これはある人の紹介だったんだけど、ナイキは「green bird」のユニフォームを、お金じゃなくてモノとして提供してくれている。
その時のプレゼンと言っても「表参道で掃除してる若者のユニフォームがオシャレだったらカッコよくないですか?」って簡単に言って、「それ、カッコいいね!」って、そこから始まった。
ナイキがついてくれたのは大きくて、その次に手を挙げてくれたのがサントリーなのね。サントリーは博報堂時代のクライアントでもあって、そこを担当されていたのがすごく面白い人で。
あそこは株式上場してないから、どことなく文化を守るとか、育てるみたいな社風がある。そこでその担当者が「君、面白いから俺たち応援してあげるよ。」って言ってくれて。企画書ももちろん作って、持って行ってはいたけれども「まぁ、がんばってよ!」みたいな。
最近分析して何となく思うのは、完璧に僕のキャラ営業なんだよね。博報堂のときから実はそうで、なんとか得意先と仲良くなって、一緒に未来をたくらむ"共犯者"になってもらう。最近はなくなってきたけど、人によっては怪しいと思われたりするかもしれないね。
だから、こんな企画書を作って持って行けば、どの企業でも乗ってくるというものでもないし、そこはうまく僕の熱意とか本気度が伝わったり、ちゃんと実績を重ねてくると、うまく回る量がすごく大きくなってくる。
やっぱり自分のベースとなる活動をちゃんと続けていくことが本当に大切。ここ表参道で掃除を始めたのも偶然で、実はここが僕の地元で、「green bird」っていうのはここの商店会の人達と始めたものなんだよね。元々商店街(表参道欅会)青年部の活動に街の清掃があって、参加し始めて5、6回続けていたのかな。
そしたらいつも掃除しているところにまたすぐゴミが落ちていたりだとか、「なんかイタチごっこで終わっているね」とか話しながら、メンバー5、6人でやってたんだけど、5,6人で1.1キロ往復するのって結構大変でさ。
「うまく一般の人も参加してくれるようになればいいよね」って話になって、その課題を解決するプロデューサーになりたいと思ってキャンペーンを考えたのね。
表参道という場所でのキャンペーンを考えたときに、ここは情報発信力のある街で、ここでやったら目立つことが出来ると思った。あと発想の根本にあったのは、ゴミを捨てする人を減らしたいということ。掃除に一度参加した人はポイ捨てできなくなるから。もう一つは、「green bird」のロゴマークが流行れば、社会は変わるかなと。
たとえばLOVE&PEACEのときのニコちゃんマークがそうだったように、そのマークのバッジをつけたりTシャツを着たりとかして、「俺LOVE&PEACEだぜ!」みたいな感じで、「僕、ポイ捨てしません!」という人たちが付けられるマークをこの街で流行らすことができたら、それはうまく広がるだろうなと思ったわけ。
だから、自分一人で大きなことができるという図々しいことは全く思っていなくて。でもこの街だったらできることがあると思った。表参道や神宮前、もう少し行って渋谷だったりとか。そこで自分ががんばっていれば、結果は必ずついてくるっていう大きな計算はしたんだよね。それで、それを実際にやっているっていうのがコツ。すごくシンプルだし、みんな言うようなことだけれども、やっぱり自由に実行しているんだよね、それを。
博報堂時代に仕事をやりながら、毎週毎週ゴミ拾いを続けていってたんですよね。
違う、違う。もう辞めた後だね。「green bird」を作ろうと思って博報堂を辞めたわけじゃないんだ。区議会議員に立候補しようと思って辞めて、でも半年間くらいやることわからなくてさ。
政党には入らないし、有力者を回るっていうこともしないし、とりあえず街を知ってみようということで、僕を推してくれた商店街の活動に参加してみたわけ。
そしたら、そこに偶然にも自分が解決したい課題が見えたんだよね。そして、このキャンペーンを商店街に提案したのね。それで「じゃあ、やればいいじゃないですか」って言ってもらえて。「いいねー、刺さったねー!!」って超盛り上がって。だからきっかけは、わりと後発的。そこに解決すべき課題があるから始めたと。
●「表参道で掃除してる若者のユニフォームがオシャレだったらカッコよくないですか?」って簡単に言って、「それ、カッコいいね!」って、そこから始まった
●一緒に未来をたくらむ“共犯者”になってもらう。
●だからきっかけは、わりと後発的。そこに解決すべき課題があるから始めたと
長谷部氏のインタビュー(第一号)は以上になります。
次号も引き続き長谷部健氏のインタビューをお送り致します。
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Wrote 2009.02.22 << 前のインタービュー | 次のインタービュー >>