vol.003 真田 武幸/Sanada Takeyuki

NPOリコリタ代表理事  URL:http://licolita.org/index.html

真田武幸 ソーシャルコンテンツディレクター
1978年浅草生まれ 桐蔭横浜大学法学部卒業後クリエイティヴアダック(株)入社。国土交通省の公共広報企画「東京ジオサイトプロジェクト」などでディレクターを担当。「打ち水大作戦」に触発され秋葉原を舞台にコスプレ打ち水「うち水っ娘大集合!」を展開し評判を呼ぶ。2005年6月に山名清隆氏と(株)スコップを起業。「東京スマートドライバー」などソーシャルコンテンツディレクターとして活躍する傍ら、「NPO法人秋葉原で社会貢献を行う市民の会リコリタ」を立ち上げ、「Myメイドバッグプロジェクト」「秋葉原環境会議」などユニークなソーシャルアクションを展開。アキバオタク文化が生んだ若き社会起業家として注目を集めている。

なにかを発信したい気持ちが強まり、マスコミへの就職を目指す

 ゼミの仲間たちと共通の話題が見つけられなかった真田は、ネット掲示板で知り合う人たちと、ますます積極的に交流した。『日本一醜い親への手紙』などを編集したフリーライターの今一生氏が主催する飲み会で、新右翼・作家として活動していた見沢知廉のドキュメンタリーの鑑賞会に参加したり、ブログペットの開発者である工藤友資氏の家に遊びに行ってみたり。
 まだ、インターネットで他者との交流を図ろうとする人たちが少なかった時代。誰もがミクシィのオフ会に参加している現在に比べて、その頃の人たちはみなどこか、とんがっていた。時代の先を行き、社会に対しても積極的な人たちとめぐりあう機会が多かった。
 大学卒業が近づくころには、真田は就職先をマスコミ系に絞っていた。これまで掲示板を通じて「何かを発信したい。伝えたい」という気持ちが育まれていて、それを実現するには、やはりマスコミだと思ったのだ。真田は、出版社に就職しよう、と心に決めた。

人格が分裂したように感じて、何度も会社を辞めようと思った

bodyXX_tsanada001-4.jpg

就職先は、出版社ではなく広告のPR会社を選んだ。出版社に入るのは狭き門。PR会社の募集記事の中に「編集の仕事」という言葉を見つけて、ひとまずそこで修行してみようと考えた。ところが、実際の仕事は真田が想像していたものとは異なっていた。官公庁から制作物などを受託して、それを制作する完全に請け負いの仕事。それも、国の仕事である。
 ネットの掲示板に書き込んでいたことには、国の政策への批判も少なくない。そういった書き込みを見て、意見を交わしていただけに、行政から言われるままの仕事を進めることに抵抗があった。なにか、自分が分裂してしまったような虚しさに、いつも苛まれていた。「会社を辞めよう......」。真田はそう思った。辞表も何度か書いてみた。けれども、辞められずにずるずると仕事を続けているうちに2年が経った。
 はっきりとしない態度で仕事を続ける真田に、突然、変化が訪れることになった。社内のおもしろいクリエイターたちを囲ってバリバリと仕事をこなす上司から、チームへのお誘いがあったのだ。このときチームを率いていた山名清隆との出会いは、真田の人生を大きく変えていく。しかしそのときはまだ、この個性的な上司に対して、馬が合うかどうかだけが心配だった。

Word of power

読者の皆様へ

一緒に社会起業家メルマガを社会に提供しませんか!?
現在Granmaでは共にこのメールマガジン事業を推進するスタッフを募集しております!!我こそはと思われる方、
ぜひ一度、コーヒーでも飲みながらソーシャルなお話などしてみませんか?
お問い合わせ先はこちらから!!皆様からの熱いお便りお待ちしております!!

page top